第34章 すれ違い
着替えを済ませて寝所を出て、ふと文机の上を見ると、まだ墨の香りも新しい、書き終わったばかりの文が広げてあった。
「…もう、お仕事されてたんですか?」
「ん?ああ…これか?
伊勢の…信包に文を書いていた」
「信包様に、ですか?」
「……近々、奥と共に伊勢国に視察に参る、と書いた」
「……信長様っ!」
「……お市や姪たちに会うだけだ。
母上に会うかどうかは……まだ分からん」
少し拗ねたように横を向いて目を合わせようとなさらない、その子供のような姿に愛しさが込み上げる。
信長様の目は、以前に御母上様のことを話された時のような冷たく凍りついたものではなくなっていた。
その眼差しは、優しく暖かみのあるものに変化していて、信長様の御母上様に対する凍り付いた気持ちが、少しでも雪解けていることを望まずにはいられなかった。