第33章 母と子
「はぁ…」
自室に戻った私は、もう何度目か分からない溜め息を吐く。
「……姫様、一体どうなされたのですか?
お部屋へ戻られてから難しい顔をなさって、溜め息ばかり…
何かあったのですか?」
千代が私の顔を覗きこみながら、心配そうに聞いてくる。
「千代…私、どうしたらいいのかな…」
昨夜と今朝の信長様とのやり取りを千代に聞いてもらう。
「姫様…
信長様と御母上様のことは、信長様がお決めになることです。お二人の間には、幼い頃からの根強いわだかまりがおありなのでしょう。
それは他人には分からぬことです。
お二人のことを想われる姫様のお気持ちも分かりますが、今一度よく信長様と話し合われた方が宜しいかと…」
「……そうね、信長様があんなに母上様を拒絶されるとは思わなかった…」
(それでも……口では『母とは思わない』と仰りながら、とても苦しそうな顔をされていたわ。
多分、ご自身では気づいておられないだろうけど…)
「それはさておき、祝言を挙げたばかりの姫様を置いて朝帰りとは……許せませぬ!
……しかも女子の香の匂いをさせて、とは!」
「あっ、それは…女子の香かどうかは分からないのよ…
嗅いだことのない甘い香りの香だったから、気になっただけで………」
「姫様!そこはしっかり確かめなくては!」
千代の剣幕にたじろぎながらも、私もあの香の匂いには穏やかな気持ちではいられないでいた。
(どなたか女子のところで一夜を過ごされたのかしら…
でも……信長様は、そんなことする方じゃない…信じたいけど……)
信長様を信じたい気持ちと不安な気持ちがぐちゃぐちゃになって、乱れる自分の心の内をどうしていいか分からないでいた。