第5章 湯治
翌朝、支度を整えた私は城門の前で信長様を待っていた。髪を高く結い上げ、馬に乗るために袴を身に付けている。
(ふふっ、この格好も久しぶり。馬に乗るのも楽しみだな)
信長様がゆったりと歩いて来られるのが見えて、自然と顔が綻ぶ。
後ろについて来ている秀吉さんが、まだ何か言ってるみたいだけど。
「待たせたな、朱里。……ほぅ、その様な格好もなかなか良いな。……そそられる」
目を細めて上から下まで舐めるように見つめられ、顔が赤くなるのが分かった。
「御館様、くれぐれもお気をつけて。あまり無茶はなさらないで下さいよ」
「分かった、分かった。くどいぞ、秀吉」
「朱里、御館様のお世話、頼んだぞ…まぁ、楽しんでこいよ」
「ありがとう秀吉さん!」
2人並んで適度な速さで馬を進める。
「貴様は馬の扱いもなかなか上手いな」
「ありがとうございます!馬は好きです。小田原にいた時は結構乗ってたんですよ。安土に来てからは全然乗れてなかったから、今日は乗れるかちょっと心配でしたけど」
「初めて会った時も馬に乗っていたな。俺を助けた、小束投げの腕前も見事であった。」
「あっ、あれは…父に習った護身術で…恥ずかしいです。あの時はまさか信長様だとは思わなくて…もう忘れて下さい」
「ふっ、天下人を助けたというに…まぁよい」
「その馬は気性も穏やかで乗りやすい。貴様にやる」
「っ、本当ですか?嬉しいっ」
馬の首筋を優しく撫でてやりながら「これからよろしくね」と声をかけてあげる。そんな私を満足気に眺める信長様。
(少し元気になったか)
(貴様は俺の隣で笑っていよ。貴様が笑うと不思議と心が暖かいもので満たされる心地がする)