第28章 甘い夜
居住まいを正してから、信長様の目を真っ直ぐに見て、思い切って口を開く。
「あ、あのっ…聞きたいこと、というのは、その…ご上洛のことです。
……あのっ、信長様っ!
……関白様の姫君とご縁談のお話があるというのは…本当ですか?
帝からの直々のお話だと……」
一気に言って、恐る恐る信長様の様子を窺うと、驚いたような、困ったような、なんとも複雑な表情で横を向いておられた。
「………………………………」
「………………………………」
永遠かと思われる程の長い沈黙のあと、信長様が低く落ち着いた声音で静かに話し始める。
「……貴様の言うとおり、帝のお声がかりで関白殿の姫を正室に、という話があったのは事実だ。
だが……きっぱり断った。
帝もご理解下さった。
……俺の正室は…朱里、貴様以外にはおらぬ。
側室も側女も要らぬ。
貴様が俺の隣におればそれだけでよい。
他には何も要らぬ」
「信長様……」
誠実に、愛情深く語りかけられる、その一言一言に信長様の愛を感じて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます。
でも……私は…織田家に叛旗を翻した北条家の者です。
そんな私が…貴方の正室になど…っ、反対する者もおりましょう」
年始の会での辛い出来事がまた思い出されて、ぐっと言葉に詰まる。
そんな私の様子に悩ましげな吐息を吐いて…
「朱里……俺は家柄と縁組するわけではない。
貴様だから妻にしたいのだ。
……貴様は俺の足りないものを埋めてくれる。
貴様といると…俺は心も身体も満ち足りた心地になれるのだ。
……何人たりとも反対などさせぬ。俺を信じよ」
決然と言い放つ信長様を見て、胸がいっぱいになる。
(あぁ、貴方は私をこんなにも想ってくださっている。
こんなにも……私を必要としてくださっているのですね)
「信長様…嬉しいです。
私も貴方と共に生きていきたい。
妻として……貴方の隣で、貴方と同じものを見ていきたいです」