第25章 罠
安土を発って数日かけて漸く小田原に着いた私達は、長旅で疲れた身体を休めることなく、城の城門で取次を願う。
(小田原まであと僅かな距離となった際に、兄上に文を送って知らせてあるから、すぐに取り次いで貰えるとは思うけど…)
家康と一緒に暫く待っていると城門が開き、兄が姿を見せる。
「兄上っ!」
「……っ、朱里か?久しいな。……そちらは?」
「三河と駿河の国主、徳川様です。
私をここまで送って下さったのです」
「…徳川…家康殿か。
此度は我が妹を送り届けて頂き、感謝申し上げる。
……だが、他国の者を城内に入れる訳にはいかぬ。
徳川殿には、ここまででお引取り願おう」
兄が急に冷ややかな態度と口調でそう告げると、城門を守る兵達も家康に対して身構えるような態度になり、不穏な空気が漂う。
「っ、兄上っ!家康は信長様の同盟相手ですよ。
わざわざ私をこんな遠くまで送ってくれたのです。
城内で休んで頂いて、暫くこちらで滞在を…」
「黙れ、朱里……こちらへ来い!」
冷たく言うと、兄は私の腕を掴み引き摺るようにして城門の内へと入って行く。
引き留めようと一歩踏み出した家康の前に、城兵が立ち塞がる。
城兵たちがすぐに門を閉じ始め、焦った表情の家康の姿が門の間から小さく見えた。
「家康っ!」
「っ、朱里っ!」
呼びかけも虚しく、無情にも城門は堅く閉ざされた。
兄は乱暴に私の手を引いて歩き出し、そのまま一言も発せず城の中の一室に私を連れていった。
予想外のことに戸惑いを隠せず、兄を問い詰める。
「兄上っ!これは一体どういうことです?
あのように追い返すなど……ひどい。
……それに、母上は?
母上のご容態はどうなのです?
今すぐ母上のところに連れて行って下さい!」
次々とまくし立てる私を見ていた兄の表情が、急に恐ろしく冷ややかなものになり、その口元にぞっとするほど酷薄な笑みが浮かぶ。
「ふっ、お前の母上はここには居らぬ……父上もな」