第115章 紀州動乱
「奥方様っ!奥方様、いらっしゃいますか?」
階段を上がる慌ただしい足音とともに呼びかける声が聞こえ、はっとして金平糖を集めていた手を止める。
切羽詰まったような声音にただならぬ気配を感じて、慌てて入り口の方へと向かい襖を開けると、階段を駆け上がってきたのだろう、青ざめた顔をした侍女がはぁはぁと息を切らしていた。
「奥方様っ…」
「どうしたの?そんなに慌てて…何があったの?」
「あ、あのぅ…そ、その…だ、内裏からお使者が来られてて…」
「えっ…内裏?内裏って…帝のお使者ってこと?一体何の…信長様が今ご不在なのはお知らせしているはずよね?」
内乱鎮圧のため信長自身が出陣することは予め朝廷には知らせてあった。織田家が大軍を動かし畿内を離れることで公家衆らに在らぬ誤解と心配をかけないためであり、この戦が織田軍に大義名分があることを朝廷が認めた証でもあった。
そういった事情であるから、主不在の大坂城へ内裏から使者が来るなどということは想定外で、戸惑うばかりである。
(一体何の用件かしら。信長様が大坂にいらっしゃらないことはご承知のはずなのに…危険な戦場へ内裏から使者を送るわけにはいかないからこちらへ寄越されたとか?)
「それが…お使者様は奥方様にお会いしたいと仰せで…」
「えぇ…私?私にそんな…あぁ、で、でもそうよね、今は私が城代なんだから私がお会いしないと駄目よね」
(そうだ、しっかりしないと!信長様がご不在の間は私がこの城と皆を守らないといけないのよ)
朝廷の使者との対面などあまり経験がなく一人では不安ではあったが、織田家の正室としての務めを果たさねばならない。
「分かりました。お会いします。それでお使者はどなたかしら?」
「はい、関白近衛前久様でございます」