第115章 紀州動乱
各陣営が互いにその腹の内を探り合うように睨み合っていた頃、毛利軍を率いているはずの元就は主戦場となる平原から離れた場所にいた。
織田軍との大戦の火蓋が切って落とされようとする今、元就の目的は別にあった。
「そろそろ始まる頃合いか?。せいぜい派手な祭りにしてもらわねぇとな」
此度の戦で元就が蜂起を煽った反織田勢力は日ノ本全土で織田家とその同盟国の支城を襲い、信長の権威の失墜を計った。
異国から仕入れた新型の火器を惜しげもなくばら撒いて、今や日ノ本の権力を一手に握っている信長への不満を煽る。
誰もが戦のない世を望み、信長の統治の下で国が一つになる。
それがこの国の進むべき未来の形だと思われつつあったものが、元就の放った不穏の矢一つで呆気なく覆されるのだ。
(ちょっと唆せばこの有り様だ。どれだけ綺麗事を並べようが、所詮は皆、人の幸せより己の利が大事ってことだ。争わず、奪わず、殺さず、話し合いで解決しましょう、なんざ、お花畑もいいとこだ)
この世に欲のない人間など存在しない。
世のため人のためと言いながら、いざとなれば己の保身に走るのが浅ましくも人という生き物だ。
己を犠牲にしてまで誰かを守りたいなどと言う人間は偽善者であり、信用できない。
幸せになる人間がいれば、その裏で不幸になる人間がいる。全ての人が平等に幸せを得られるなどというのは都合の良い夢物語だ。
いつの世も苦しむ人間はなくならない。それがこの世の真の理だと元就は思う。
生まれや身分に関係なく、誰もが等しく生きられる世を作ると言いながら、信長は形式的であっても朝廷を敬う姿勢を崩さない。
日ノ本全土を従わせることのできる権力を手にする男ですら、朝廷の権威を無視できないとは笑わせてくれる。日ノ本の全ての民が平等だというのなら、この国の身分制度の頂点に立ってきた帝をも廃すべきだろう。
「この世を変えるって言うんなら、全部ぶっ壊しちまえばいい。幕府も朝廷も全部壊して全部無くしちまえばいい。この国には将軍も帝もいらねぇ」
生まれや身分の高貴さなど、既存の価値観に縛られない自由な生き方を。
力を持たぬ者が権威だけで他を支配できるような世は馬鹿げている。
「信長がやらないなら、この俺がやってやろうじゃねぇか」
狡猾さを滲ませた笑みを浮かべながら、元就は獰猛な獣のように吼えた。
