第115章 紀州動乱
兵達の士気が高まる中、若い兵士に混じって古びた槍を手入れしていた老兵がゴホゴホと咳き込む。
「おい、大丈夫か?爺さん、無理すんなよ」
慶次は老兵に竹筒の水を差し出しながら声を掛ける。
「すまねぇな、若いの。儂もまだまだ若いもんには負けていられねぇ。御館様の前で立派な手柄を上げねぇとな」
「おっ、爺さんほどの歴戦の者でもそう思うかい?」
「あぁ、御館様ほど素晴らしい御方はそうはいねぇ。だが…ああいうお人が真に力を発揮するのは…いなくなった時よ」
「は?」
「圧倒的な力で儂らを導いてくれる存在、頼りになる家長という存在。それを失った時…怒り、絶望、反発といった大きな力が爆発する。そういう大きな力に突き動かされた兵達はもう誰にも止められなくなるんじゃ」
「っ……」
「爺さん、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!」
「そうだぜ、爺さんはお迎えが来る方が早えんじゃねぇか?」
「違いねぇ!」
どっと笑いが起こり、重くなりかけた空気を打ち消すようにその場に広がっていく。
「お前ら、主君の生き死にを話の種にするとは、なかなか肝が据わってるな」
「政宗様っ!い、いえ、これはそんなつもりでは…」
兵達が集まる場へ姿を見せたのは、政宗だ。
同盟相手の伊達家の当主の揶揄いに、織田の兵士達は慌てたように居住まいを正す。
「はは…冗談だ。今からそんなに気を張ってると、戦場まで持たねぇぞ。ほら、差し入れだ」
政宗はそう言うと酒の入った瓢箪を兵達へ放り投げた。
兵達からはわぁっと歓声が上がる。
「慶次、お前も飲めよ」
「ああ。しかしまぁ、何だな、ここまで思ったより早かったな」
各地で起きる騒乱の首謀者を突き止めた後、上杉、武田両軍とも連携して総力戦を仕掛けるため勢力を結集した。
兵の数では織田軍が有利と思われているが、相手方には西洋式の新型の火器がある。油断すれば足元を掬われるため、大戦の準備は十分に行ってきた。
「毛利軍の方も兵は揃ってるみたいだな」
斥候からの報告によれば、元就率いる毛利軍は、織田方の西方の拠点を次々に落としながら合戦場へと進軍してきているようだった。
織田軍はこの戦に全勢力を結集させるため、各地の拠点から一時的に兵を引き揚げていた。