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永遠の恋〜信長の寵妃【イケメン戦国】

第115章 紀州動乱


馬上から腕を伸ばし、朱里の頬に手の甲で触れる。
艶やかな黒髪が落ちかかるのを指先で掬ってやると、俯いていた顔がそっと上がる。

「つっ……」

潤んだ瞳のまま精いっぱいの笑みを見せる朱里を信長は馬を降りて抱き締めたい衝動に駆られた。

「朱里っ…」

「ご無事のお戻りをお待ちしています」

「………あぁ。案ずるな、すぐに戻る」

ここで抱き締めてしまえば、深く触れ合ってしまえば、益々離れがたくなるのは分かっていた。
互いに求め合う気持ちに気付いていても、それ以上手を伸ばすことはできなかった。
胸の内を秘めたまま、信長は朱里の頬からそっと手を離すと、感傷を振り払うように鋭い視線を兵達に向ける。

「皆、聞け。此度の戦、敵は毛利、雑賀といった曲者揃いで油断はできぬ。だが、天下布武を脅かす者は誰であろうと討ち果たさねばならん。この戦は日ノ本の安寧を揺るがそうとする不届者を成敗する戦ぞ。大義は我らにある。存分に戦え!」

「おおぉー!」

信長の力強い声掛けに応じるように兵達は一斉に声を上げる。兵達の興奮と熱気が瞬く間に端々にまで広がっていくようだった。
馬上の信長を見上げる兵達の表情はさながら熱に浮かされたようで、主に対する絶対的な信頼が窺われた。

信長は雄弁な方ではなく無駄なことは一切言わない男だが、織田軍の兵達からは絶大な信頼を寄せられている。
敵味方に関わらず時に非情な仕置きをしながらも、信長は兵達、特に足軽などの身分が下の者から慕われている。
此度の戦は一癖も二癖もある相手で一筋縄ではいかないだろうと懸念されていたが、信長が指揮を取る戦ならばと兵達の士気は高かった。

信長の一声で奮起した兵達の姿に、朱里もまた胸の奥がかあっと熱くなる。頼もしい織田軍の様子が戦への不安を幾許(いくばく)か和らげてくれたようだった。

(信長様、貴方が私の知らないところで傷付くことが私は何よりも恐ろしい。貴方がその優しい心を凍らせて非情な仕置きをしなければならないことが辛い。その身も心も…どうかどうかご無事でお戻り下さい。ただそれだけが私の願いなのです)


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