第112章 閑話〜信長と秀吉のとある一日
大人げない屁理屈を言う主君に何と言って返せばよいのか、思わず言葉に詰まる秀吉に対して、信長は完全に開き直ったかのように畳みかけてくる。
「好きなものを好きなだけ食して何が悪い?この俺に我慢を強いる者など貴様ぐらいのものだぞ」
「はっ、それは誠に申し訳なく…されどそれは御館様の御身を健やかに保つためでございます。何卒お願い申し…」
「分かった、分かった。もうよい。その辺にしておけ。耳にタコができるわ」
信長は煩わしげに顔の前でヒラヒラと手を振ってみせる。
(この男の生真面目さは利点であるが、俺に対しては少々度が過ぎておるな)
「ははっ、申し訳ございません!ちなみに…耳にタコで思い出しましたが、播磨国明石の海で獲れる蛸は非常に美味と評判でございますれば、此度の宴にも取り寄せる手筈でおります。蛸は味噌漬けにして炙ると香ばしくて美味いのです。御館様にもきっとお気に召して頂けるかと…」
「ふむ…蛸は貴様の好物でもあったな」
「はっ!臣下の好物まで覚えていて下さるとは、さすがは御館様。その御慧眼の素晴らしさに秀吉、只々感服致す所存でございます」
「くっ…大袈裟な奴め」
信長の発する言葉一つで大仰に畏まる秀吉に、いつものことではあったが苦笑いを隠せない信長であった。
「宴の料理は貴様に任せる。貴様のことだ、改めて聞かずとも俺の好物など当に承知しておろう?それと、俺の好物だけでなく皆の好みのものも広く用意しておいてやれ。宴は皆が楽しまねば意味がない」
「なんと寛大なるお言葉!家臣達のことまでお目配り下さるとは…有難き幸せ」
「……何だかんだ叱言を言いながらも貴様が当日分の金平糖を確保していることも知っているぞ」
「!? な、何故それを!?」
「光秀から聞かされている」
「っ、あの野郎、裏切りやがったな…」
光秀の飄々とした顔が思い浮かび、秀吉は思わず苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情になる。
「随分と安い裏切りだな」
信長は小さく笑みを溢すと、その場の空気を正すかのように凛とした声を放った。
「秀吉」
「ははっ!何でしょう、御館様」
「此度の宴、貴様が万事取り仕切るのであろう。大いに期待している」
「……!」
それから暫く、秀吉は誰の目にも明らかなほど上機嫌で、信長の誕生日の宴が今年も大いに盛り上がったのは言うまでもない。