第112章 閑話〜信長と秀吉のとある一日
春風がそよぐ、ある穏やかな日の昼下がり
「失礼致します、御館様」
「……入れ」
信長は読みかけの書簡から顔を上げ、天主の入り口で控えたまま恭しく礼をする秀吉に目を向けた。
「ご政務中、御無礼仕ります。もうすぐ御館様のお誕生日ですので祝いの宴でお出しする料理のご希望を伺いに参りました。今年も国内外から贅を尽くした食材を取り寄せて御館様のお好きなものをご用意する予定です」
「宴の料理か…では、金平糖を膳いっぱいに並べておけ」
「恐れ入りますが、金平糖は料理ではございません」
「ほう…貴様、俺に逆らうつもりか?良い度胸だ」
きっぱりと信長の言葉を否定した秀吉に対して、信長は不敵な笑みを浮かべる。
「っ…御館様に逆らうなどっ、滅相もございません!そのようなつもりは毛頭ございません…が、御館様。日頃から申し上げておりますように、甘味の食べ過ぎはお身体に毒となります。ご自重下さいますようお願い致します」
「……………」
「御館様のご希望に添えぬ返答を致すことは、俺にとっても非常に心苦しい限りですが…全ては御館様の御為を思ってのこと。何卒ご理解いただきたく…」
「……………」
「それに近頃は俺に隠れてこっそり厨に…」
「もういい、それ以上は聞かん」
悩ましげに眉根を寄せて苦言を呈する秀吉の遠慮がちな言葉を信長は不機嫌そうにピシャリと遮った。
「貴様の叱言は聞き飽きた。それだけでもう腹が膨れるわ」
「なっ…御館様に対して叱言などと、俺はそんなつもりでは…」
あからさまにげんなりした顔をしてみせる信長に、秀吉は慌てたようにしどろもどろになりながら弁解の言を述べる。
(くっ…俺だって敬愛する御館様の意に沿わぬことなど言いたくはないが…城主が…天下人が…厨で盗み食いなどもっての外だろう!?これは御館様の威厳に関わる大問題だ。ここは何としても譲れん!)
「し、しかし御館様、夜中にこっそり厨へ忍び込まれるのだけはおやめ下さい!盗み食いなど、天下人たる御方のなされ様ではございませんぞ!」
「貴様が隠すのが悪い。隠されれば探したくなるのが道理というものだ」
「そ、そんな…(屁理屈を言われても…)」
「んー?言いたいことがあるなら、はっきり言え。男らしくないぞ、秀吉」
「なっ……」