第111章 閑話〜信長と光秀のとある一日
いまや天下に比類なき権勢を誇る信長だが、その目は常に先を見据えている。そもそも一つ所に留まって満足できる性質ではないし、新しきもの、珍しきものへの探究心が計り知れない男である。
いずれは自ら海の向こうの国を見てみたいとの思いは幼き頃から持っていたようだが、異国の商人達と交流するうちにその思いは年々強くなっているようだった。
争いのない世が実現し日ノ本の統治が安定すれば、信長はすぐにでも海を渡るだろう。
そして光秀もまた、信長と同様に一つ所に落ち着いていられる男ではなかった。
「はてさて、御館様の生まれ日を我らがこの国の外で祝える日もそう遠からずでしょうか?」
「ふっ…どこへ行こうとも俺は己の信ずる道をただ行くまでよ。光秀、貴様もそうであろう?」
「いかにも」
鷹揚に頷いてみせた光秀を見てニヤリと不敵に口角を跳ね上げた信長は、酒の入ったグラスを掲げてみせる。
光秀もまた主君に習って同様にグラスを目線の位置に軽く掲げると、信長は慣れた手つきでグラス同士をカチリと合わせた。
キンッと透明度の高い涼やかな音が二人の間に響く。
グラスの中の琥珀色の液体がゆらりと揺らめいて、芳醇な酒香がふわりと薫った。
異国の酒に酔う春の宵は穏やかに過ぎて行くのだった。