第23章 上洛
上洛の日
信長様からご上洛の旨を告げられた夜から数日で、あっという間に軍勢の準備が整い、信長様が京へ向かわれる日が訪れた。
秀吉さんと並んで馬に跨る、漆黒の甲冑姿の信長様を城門の前で見送る。
「いってらっしゃいませ、信長様」
戦さながらの軍立てに物々しい雰囲気が漂うなか、見送りの皆と並んで笑顔で声をかける。
あの夜以来、私は少しずつ自分を取り戻し、自室から出て以前のように皆と触れ合えるようになっていた。
(しばらくの間、信長様と離れるのは辛いけど………
信長様が証を残してくれたから…待っていられる)
首筋の紅い痕に指でそっと触れる。
「朱里」
馬上から呼びかけられて、はっと顔を上げると、ニヤリと口の端に意地悪な笑みを浮かべて私を見つめる信長様。
そのまま腕を強く引かれて、馬上へと引き上げられると、横抱きに抱かれて口付けられた。
わぁーっと兵達の間から大きな歓声が湧き上がる。
「のっ、信長様っ」
「……ふっ、離れている間の虫よけだ。
すぐに戻るゆえ、いい子で待っておれ。
……京より戻ったら、祝言の準備を致そう」
優しい手付きで髪を梳きながら慈愛に満ちた眼差しで見つめられて、胸の内が暖かい安心感に包まれる。
「はいっ。ご無事のお戻りをお待ちしています!」
「出立!」
秀吉さんのよく通る声を合図に軍勢が歩み出し、漆黒の陣羽織を翻して信長様が愛馬の歩を進める。
陣羽織の背の揚羽蝶がゆらゆらと舞うように揺れながら遠ざかっていくのを、見えなくなるまでいつまでも見送り続けた。