第108章 離れていても
正月三が日が慌ただしく過ぎ、信長様はゆっくりと休む間もなく京へ旅立たれた。
此度の上洛の目的は帝への新年の御挨拶と宮中での『歌会始の儀』への出席である。
共通の題で歌を詠む歌会は古く歴史のある行事で奈良時代には始まっていたとされ、『歌会始の儀』は宮中で行われる新年最初の歌会であり、帝をはじめ公家衆の中でも選りすぐりの詠み手が出席する行事であった。
「俺の歌など、披露するほど大層なものでもないがな。全く…公家どもはつまらぬ遊びを好む輩だ」
そんなに凄い行事に招待されるなんて…と驚く私に対して信長様は至極つまらなさそうだった。
堅苦しいことがお嫌いな信長様だが、朝廷との関係を良好に保つためには公家衆との付き合いも避けて通るわけにはいかないようで、何かと文句を言いつつも朝廷からの要請をお断りになることはないのだ。
「ふふ…そんな風に仰らなくても…信長様のお歌、私も聞いてみたかったです」
此度、信長様は光秀さんをお供に上洛なされ、私はお留守番だ。
一緒に行きたい気持ちはあれど、私も子供達のお世話や学問所での仕事があったし、何よりも信長様は御公務での御上洛、物見遊山でついて行く訳にはいかなかった。
「用事が済んだらすぐ戻る。貴様の生まれ日は共に祝いたいからな」
「あっ……」
この月の12日は私の誕生日だった。
一たび上洛されれば、彼方此方から謁見や視察の依頼が入ったり、宮中での様々な催しにも招かれたりと、京での信長様は非常にお忙しいという。
京での滞在が半月以上になることもしばしばで、此度も暫くの別れを覚悟していた。誕生日も一緒に過ごすのは無理だろうと思って諦めていたのだが……
「覚えていて下さったのですか?」
「当たり前だ。俺が貴様の生まれ日を忘れるはずがなかろう?」
「っ…嬉しいです…けど、ご無理はなさらないで下さいね?お仕事の方が大事ですから」
「…………」
遠慮がちに言う朱里に、信長は無言で眉を顰める。
(ん?あれ?私、変なこと言ったかな?おかしいな…信長様、何か機嫌悪い…?)
急に不機嫌そうに黙ってしまった信長の様子に気付いたが、朱里は訳が分からず戸惑ってしまう。
「えっと…あの、信長様?どうかなさいましたか?」