第22章 心の棘
ひとしきり泣いて、漸く落ち着いた私を家康が自室まで送ってくれた。
「……家康、ごめんなさい。ありがとう」
「……別に謝らなくていい。
目、腫れてるから、部屋に戻ったらちゃんと冷やしなよ」
自室へと戻る朱里を見送りながら、深い憂いを帯びた表情で考え込んでいた家康は、踵を返して天主へと続く廊下を歩き出した。
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家臣達との年始の会を終え、宴までの間の時間、天主で山のように届いた新年の挨拶の文に目を通す。
(まったく…このような形式的なもの、なくても困らぬのに)
儀礼にこだわるより、もっと大事なものがあるだろうと思うが、届いたものは無視もできない。
「……信長様、失礼します」
(……家康か?彼奴が一人で来るとは珍しいこともあるものだな)
「……どうした?何かあったのか?」
家康の思い詰めたような表情を見て、何か良からぬことが起こっている気配を感じる。
「朱里のことで…お耳に入れておかねばならないことがあります」
家康から事の次第を聞いて、静かな怒りが込み上げる。
「彼奴ら、余計なことをっ」
「貴方にしては詰めが甘かったですね…もう少し事前に根回ししておけば、彼らを納得させられたのでは?」
「ふんっ、痛いところを突いてくるわ」
「……朱里は今まで小田原で大事に育てられてきて、あんな悪意に接したこと、なかったはずです。
武術も出来て強い子だけど…
傷ついてますよ、きっと…」
言うべきことは言ったとばかりに立ち上がって退出しようとする家康に声を掛ける。
「……家康、知らせてくれて礼を言う」
「…別に…俺はあの子が悲しむとこは見たくないから。
それだけです」