第106章 収穫祭の長き夜
爽やかな秋晴れの空が広がる午後、私はいつものように学問所の手伝いに来ていた。
いつものように…とはいえ、実のところ学問所へ手伝いに来るのは久しぶりだった。
吉法師が初めて風邪を引いて寝込んだ日以来、私は城を空けることができなかったのだ。
吉法師の風邪は大事に至ることなく、その日の夜に一時は高く上がった熱も数日経って下がったし、恐れていた毒の作用も幸いなことに出なかったのだが、吉法師は熱が出たあの日以降グズグズとぐずることが多くなったのだ。
私が少し傍を離れるだけでも後追いがひどくなり、甘えて抱っこをせがまれることが多くなった。
乳母にも懐いていて人慣れが進んでいたのが嘘のように、私以外の者に触れられるのを嫌がるようになってしまったのだ。
何をするのも私でないとダメになってしまい、愛しい我が子に甘えられるのは母として嬉しくもあったが、それに手を取られて思うように動けなくなってしまったことは少し歯痒くもあった。
我が子は可愛く、病み上がりということもあって目一杯甘えさせてやりたいとは思う。
昼間乳母に預けるようになって充分な愛情をかけてやれていないのではないかと思い悩むこともあったから、甘えられて嬉しくない訳はなかった。
けれど、さすがに毎日べったりとなると日々の生活にも何かと支障が出てくるし、気持ちの余裕も失われてくる。
そんな中、日課であった学問所の手伝いにも行けず、モヤモヤとしていたところを信長様が慮って下さり、今日は久しぶりにここに来ることができたのだ。
(吉法師のことは心配だけど、私に息抜きをさせて下さろうという信長様の気遣いが嬉しい)
「朱里様、お忙しいのに来ていただいてすみません」
久しぶりに姿を見せた私を、学問所の師範は私以上に申し訳なさそうな顔をして出迎えてくれた。
「こちらこそ、なかなか来られなくてごめんなさい。子供達は皆、息災ですか?」
「はい、それはもう…」
「あっ、朱里様だぁ!」
「朱里様っ!やったぁ!また来てくれたぁ」
「朱里先生!早く来て!今ちょうど手習いをしてたんだ。見てよ」
「わぁっ、みんな…」
玄関先に姿を見せた朱里を子供達がわぁっと歓声を上げて取り囲む。
今日来ることは伝えられていなかったようだが、玄関先で話す声を聞きつけて奥から走ってきてくれたらしい。