第101章 妻として母として…その先に
京から戻って、私は再び穏やかな日々を過ごしていた。
吉法師は日々健やかに成長し、結華も帯解きを済ませたことや弟ができたことで急に大人びたようだった。
愛しい夫と可愛い子供達に囲まれて穏やかに過ぎていく日々がこの上なく幸せで、毎日が満たされた心地だった。
「はぁ…いい天気」
春の陽射しも暖かな庭をゆったりと眺めながら、独り言ちる。
私の膝の上にゴロンと寝転んだ信長様は、目蓋を閉じて小さく寝息を立てている。
今日は政務も比較的落ち着いているらしく、昼餉の後、奥へお越しになった信長様は膝枕を所望され、そのまますぐに微睡みの中へ落ちられたのだ。
信長様の隣では、吉法師も小さな子供用の布団でお昼寝をしている。
(ふふ…二人とも可愛いな)
父と子の微笑ましい寝姿に、自然と頬も緩んでくる。
戦国の世とは思えぬ穏やかな日常の風景が、感慨深く思えた。
(信長様は相変わらずお忙しいけど、近頃は戦や一揆の知らせもないし、吉法師も元気に育ってくれている……私、毎日こんなに幸せでいいのかな…)
信長様に愛されてお城の中で大切に守られているこの生活は、この上なく幸せに感じるのだけれど……
「それだけじゃダメな気がする…」
「……何が?」
思わず心の内が漏れ出たような呟きにすかさず反応され、驚いて信長様を見ると……眠っているとばかり思っていたのに、ばっちり目が合ってしまった。
「へ!? えっ!ええっ…うそ、信長様…起きて…いや、あの、いつから起きてたんですかぁ??」
「おい、素っ頓狂な声を出すな。吉法師が起きたらどうする?」
「うっ…すみません…」
声を顰める信長様に、慌てて隣の吉法師の様子を窺うが、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていて、ホッと安堵の息を吐く。
「大丈夫そうです、信長様」
「ん…ならばよい。で?何がダメだと言うのだ?」
私の膝の上に頭を乗せたまま、下から見上げてくる信長様は興味津々といった悪戯っぽい顔をしている。
「や…それは…そのぅ…大したことでは…」
言えない。
幸せ過ぎて逆に不安で、何かしないといられないような心地に襲われてしまい、思わず呟いてしまったなんて……
「ほぅ…?俺に隠し事をする気か?貴様、隠し事は厳禁だと…あれほど言い聞かせたというのに…懲りん奴だな」