第100章 君に詠む
角度を変えて何度も重ねられた口付けは、朝には似つかわしくない濃厚さで、唇が離れる頃には、私はすっかり力が抜けてしまっていた。
「っ…はぁ…はぁ…」
濃密な口付けに息が上がってしまった私とは違って、信長様は息一つ乱さずに涼しい顔をして私の顔を覗き込む。
「も、もぅ…朝からこんな…」
「ふっ…愛らしい貴様が悪い。寝起きの顔まで愛らしいとはな」
「ちょっ、ちょっと…変なこと言わないで下さい!」
(うぅ…寝起きの顔って…恥ずかしい。変な顔してなかったかな…)
慌てて頬を押さえようとする私の手を、信長様はすかさず取り上げてしまう。
チュッと手の甲に口付けて愉しげに笑う信長様を見ていると、何だか力が抜けてきて、私も自然と口元が緩んでしまっていた。
「貴様はどんな表情も愛らしいが、やはり笑っている顔が一番良い」
「えっ…?」
「宮中での歌会など、慣れぬことで無理をさせた。ずっと気を張っていて疲れたであろう」
「信長様…」
「宮中行事など、形式に囚われたくだらないものだとは思うが、この俺ですら避けて通れぬこともある。此度、貴様はよくやってくれた」
「っ…ありがとうございます、信長様」
信長様の正室として完璧に振る舞えたとは言えないけれど、信長様にそんな風に言ってもらえたことが嬉しかった。
少しでも、天下人として多忙な信長様のお役に立てたなら……
これからも貴方のお傍で、貴方と同じものを見て、感じて、貴方と一緒に歩いていけたなら……
私が願うのは、ただそれだけだ。
『梓弓 君と出逢いし 春の日を
幾年(いくとせ)も見る 麗しき花』
春が来るたびに、貴方と出逢った日のことを思い出します
これから何年も貴方と一緒にこの美しい桜の花を見たいものです