第97章 愛とは奪うもの勿れ
柔らかく艶のある黒髪を指先で梳きながら、朱里は満ち足りた時間を過ごしていた。
自身の膝の上に頭を預けた信長からは、無防備な寝息が聞こえている。
今宵、吉法師を寝かしつけて、信長の待つ寝台へ上がると、信長はすぐに朱里の膝へ頭を預けたのだった。
その甘えるような仕草が可愛くて髪を撫でていると、信長にしては珍しくすぐに微睡の中に堕ちてしまったのだ。
(ふふ…信長様、可愛い。年始からずっと忙しかったから…お疲れだったのかな)
日頃から、疲れが溜まっていても、周りの者に気取らせず無理をする信長だから、自分にだけこうして無防備に気を許してくれているということが、朱里は嬉しかった。
信長の穏やかな寝顔を幸せな気持ちで見守りながら、昼間のことをぼんやりと思い浮かべる。
昼間、京へ戻る綾姫を見送った。
縁組の話などなかったことのように、信長は綾姫に対して最後まで形式的な態度を崩さなかった。
綾姫の方も、前日に朱里と話して何となく吹っ切れたのか、信長に恨みごとを言うわけでもなく、あっさりとしたものだった。
(はぁ…私も何だか疲れちゃったな。信長様に恥ずかしいところもたくさん見られちゃったし…)
嫉妬に駆られて、みっともなく取り乱してしまった。
涙も…見せてしまった。
それでも…今、こうして信長が自分の傍で気を許して身を委ねてくれていることに、溢れるほどの幸福を感じる。
(信長様のお傍にいられる…それだけで私の心はこんなにも満たされる。こうして私の膝で眠る貴方を、今この瞬間だけは独り占めできる。きっとそれは、この上なく贅沢なことに違いない…)
眠る信長の唇に、そっと口付けを落とす。
起こしてしまわぬようにと、一瞬触れるだけの淡い口付けの後、穏やかに眠る信長に、朱里は優しい声で囁く。
「愛しています、信長様。私をずっとお傍にいさせて下さいね。約束ですよ」