第96章 年越し
「くくっ…何を一人で悶えておる?あぁ…昨夜は抱いてやれんかったから拗ねているのか?暫し我慢しろ。城へ戻ったら存分に可愛がってやる。年始の会は、貴様の『姫始め』を済ませてからだ」
「ち、違っ…悶えてなんか…ひ、姫始めっ…!?」
(うぅ…欲求不満だって誤解されてる…違うのにっ!)
くくっ…と愉しげな笑い声を溢しながら、朱里を抱く腕に力を籠める。
(何度でも俺が暖めてやる。朱里…貴様は今年も俺に存分に愛されておればよい)
空が次第に明るくなる。薄闇の中に一筋の光が射すように、東の空から太陽が昇り始めていた。
「朱里、見よ。日の出だ」
「えっ…あっ…」
馬の歩みを止めて、少しずつ昇ってくる日の光を見守る。
輝く日の光は朝の澄んだ空気を照らし出し、侵しがたいほどの荘厳さを感じさせる。
異国には太陽を神と崇める信仰があると聞いたことがあったが、なるほどそれも頷けると思えるほどに神々しい光景だった。
「はぁっ…綺麗っ…今年初めての日の出ですね」
日が昇る光景から目が離せず見惚れていた朱里は、うっとりと溜め息を溢す。
興奮を隠せないのか、頬がうっすらと赤みを帯びている。
朝日に照らされたその美しい顔から、信長は目が離せなかった。
明けたばかりの空が、朝の冷気とともに新鮮に輝いていた。
「信長様…改めまして、明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします」
畏まって新年の寿ぎを述べる愛らしい妻が、信長は愛しくて仕方がなかった。
「ああ、今年もよろしくな。今年も変わらずたっぷり愛でてやるから…覚悟致せ」
「ええっ…やっ、もぅ……」
恥じらい頬を赤く染める朱里を力強く抱き締めると、信長はゆっくりと馬の歩みを再開させる。
謹んで新年の寿ぎを申し上げる。
この世で一番大事な女を腕に抱き、新しき年の始まりを祝う。
年が改まり、変わるもの変わらぬものは多々あれど……愛しい女へのこの燃えるような恋心はきっと変わらない。