第94章 聖なる夜の願い事
紅葉狩りの旅から戻ると、信長様はまた忙しくなり、日中はなかなか逢えない日々が続いていた。
今年もあとひと月ばかりとなり、城内も何かと気忙しくなっていた。
「信長様、いってらっしゃいませ」
「ん、今宵の戻りは遅くなる。先に休んでおれ」
今日は早朝から隣国の視察へと向かわれる信長様を見送る私はといえば……昨夜の余韻が残った身体がどうにも気怠くて、情けなくも褥の上からのお見送りとなっていた。
「い、いえ…遅くなってもお待ちしていますから…ごめんなさい、私、こんな格好で…」
夜着の胸元を掻き合わせて起き上がろうとする私を、信長様は手で制する。
「よい、まだ横になっておれ。昨夜は無理をさせたからな」
昨夜…というか、つい今し方まで…なのだが…と朱里は秘かに思いながら頬を朱に染める。
明け方近くまで何度も愛を注がれた身体は、いまだ熱く火照っている。愛しい人に余すところなく満たされた身は、気怠くも幸福に満ちていた。
「では……行ってくる」
身を屈め、私の額にチュッと口付ける。
一瞬触れるだけの軽い口付けでも、火照った身体には充分過ぎる刺激となり、身の奥からじゅわっと熱いものが込み上げる。
「っ…い、いってらっしゃいませ…」
顔を赤らめる私を見て満足そうに微笑むと、信長様はさっと羽織を翻して部屋を出ていかれた。
「はあぁぁ……」
(私ったら、何やってるんだろ。褥の中からお見送りなんて、情けない…信長様のお支度もお手伝いできなかった……)
互いに何度も高みに昇り詰めた後、僅かに微睡んだだけで予定の時刻にきっちりと起き出した信長に対して、いつまでも甘い余韻の内から抜け出せないでいる自分が何だか恥ずかしくて……朱里は褥にそっと顔を埋めた。
(んっ…信長様の香りがする)
敷布からふわりと香る香の香りを、胸いっぱいに吸い込む。
伽羅の香の香りに混じって少しだけする汗の匂いに、先程までの激しく濃密な情事の記憶が蘇る。
「っ…信長様っ…」
肌寒い初冬の空気の中、しっとりと汗ばむ筋肉質な身体が覆い被さる。吐き出される熱い息が閨の空気を色濃く染める。
額から流れる汗を指先で拭い、顔に落ちかかる前髪を無造作に掻き上げる。何気ない仕草にも色気が匂い立つ。
クィッと口角を上げて不敵に笑う姿を下から見上げながら、私は胸の鼓動が煩く騒ぐのを抑えられなかった。