第93章 緋色の恋情
⁂【秀吉の御館様日記】①⁂
霜月 某月某日 晴れ
今日は朝から御館様の機嫌がすこぶる良かった。
誠に喜ばしいことだ。
一泊二日の箕面への旅から昨日戻られたばかり、ご家族水入らずの旅で久しぶりにゆっくりお休みいただけたようだ。
お供の者も最小限、俺にも同行を許さんと仰られた時には、衝撃で頭の中が真っ白になったものだが…
お帰りになられた時の御館様のなんとも愉しげなお顔が、忘れられない。
輿から降りた朱里を吉法師様ごと抱き上げられて、さっさと天主へ去っていかれたのには参ったが…ああいう破天荒なところもまた御館様の魅力というか何というか…良い。
御館様の言動には日々振り回されることが多いが、正直に言うと…嫌ではない。いや、むしろ嬉しかったりする。
『秀吉、後は任せたぞ』
城門で出迎えた俺の横をスルリとすれ違いざま、クイっと口角を上げて不敵に微笑むあのお顔といったら……ああっ、堪らん!
『御館様っ、勝手なことばかり仰られては困りますっ!』などと、一応もっともらしいことを言って顰めっ面を作ってみたが、本心では『後は任せる』という御館様の言葉が嬉しくて、興奮を抑えられず…顔がニヤニヤと緩んでしまった。
危ない危ない…誰かに見られたらおかしな奴だと思われてしまうところだった。
もっと気を引き締めねば……俺は御館様の右腕。常に冷静であらねば、御館様の予想外の行動にも対応出来ぬではないかっ!
はっ、そういえば、旅の間、少し多めにお渡ししておいた金平糖を回収せねばならなかった。
『旅先で足りなくなると困る。糖分は旅の疲れを癒すのだぞ。貴様は俺が疲れて困ってもいいのか?』
何ということを仰る御方だろうか……全くもって悩ましい。
御館様のお身体を健やかに保つことを使命とする俺が、御館様のお疲れを放置できるはずがない。
だが、食べ過ぎはよくない。
早々に回収しなければ…取り返しが付かなくなる前に。
あぁ…明日が待ち遠しい。
御館様に、毎朝一番にお会いできる至福の時間のため、今宵も早く休むとしよう。