第93章 緋色の恋情
「ふ…ふぇ…ふぇーんっ…」
翌朝早く、いつもの朝のように吉法師の泣く声に意識が浮上する。
(ん…もう朝…?っ…早く起きなくちゃ)
身体を起こそうと身を捩るが、どうしたことか泥のように身体が重い。寝返りを打つのも一苦労で、ズキリと頭の中が痛む。
(やっ…何で…身体、動かない?)
「朱里、無理に起き上がらずともよい。まだ横になっておれ」
「あっ…信長、さま…」
信長は褥からさっと身を起こすと、もう吉法師を抱き上げていた。
結華はまだ眠っているようで、すぅすぅと可愛い寝息が聞こえていた。
「っ…あの、私っ…昨晩、何か…しましたか?」
夜着はきちんと着ているものの、足の間にひどい違和感を感じた私は、おずおずと信長様に尋ねてみた。
が、信長様は私の問いには答えてくれず、反対に質問攻めに遭う。
「朱里、吐き気などはないか?気持ち悪いとか、腹が痛いとか、気分が高揚するとか…そういうことはないか?」
「えっ?ええっと…大丈夫ですけど…何故、そんなことをお聞きになりますの?」
「ん…いや、何もないならいい」
聞くだけ聞いた信長は、フィっと視線を逸らす。
(やはり昨夜のことは覚えておらんか…まぁ、その方がいい。媚薬効果のあるキノコを食べて乱れに乱れた、などと朱里が知ったら『キノコなんて二度と食べない』などと言い出しかねんからな)
好物を我慢させるのは可哀想だし、何より昨夜の朱里の痴態は信長自身を大いに興奮させた。
(あんな朱里をまた見たい…帰ったら早速、家康に…)
「……さま、信長様っ!」
「………ん?」
「……何か隠してませんか?」
「何か…とは?」
「っ………」
(うっ…無理。昨夜は私を抱いて下さったの?なんて恥ずかしくて聞けない。ゔーっ、何で覚えてないの、私っ)
奇しくも、次は自分が記憶を失くす羽目になるとは…お酒は一滴も飲んでいないし、昨夜は一体、何があったんだろう。
ジトっと恨めしげに見つめても、信長はさらりと上手く視線を逸らすばかりだ。
こういう時の信長は、もうどんなに頼んでも教えてくれないのだ。
「朱里…貴様といると本当に飽きぬ。これからも俺を愉しませよ」
「ええっ…あっ、はあ…」
くくっ…と愉しそうな笑い声を上げながら吉法師をゆらゆら揺らして歩き出した信長の背中を、朱里は小さな溜息を吐きながら見るのだった。