第92章 帯解き
腰をがっちり掴まえられていて身動きできないので、首を左右に振って抗う。
(お城の外で信長様とイチャイチャできるのは嬉しいけど……)
「ダメです、信長様。私、二日も城を開けるわけには……吉法師のことも心配ですし……」
『吉法師』の名を聞いて、信長は虚をつかれたような顔になる。
「すっかり忘れておったが…貴様、吉法師を置いて城を出てきたのか?」
「え、ええ…こっそり千鶴にお願いして…一日ぐらいなら大丈夫かな、と…」
「こっそり?……まさかとは思うが、貴様、本当に誰にも言わずに来たのか?」
「や、だって、言ったら絶対止められるし…あ、でも、秀吉さんにはちゃんと置き手紙してきましたよっ!」
(『絶対に追いかけてこないで、もしついてきたら絶交だ』って最後の一文に書いちゃったけど…ごめん、秀吉さん)
信長様は呆れたような顔で私の顔を覗き込んでから、『はああぁぁー』と盛大な溜め息を吐きながら、私の肩口へと顔を埋めた。
「の、信長様っ…?」
「くくっ…秀吉の慌てふためく顔が思い浮かぶな。今頃、城中大騒ぎだぞ?全く…貴様はいつも俺の予想を超えてくる。飽きぬ女だ」
「……ありがとう、ございます?」
褒められたのか何なのか、よく分からなかったけれど、信長様は至極機嫌良さげに笑いながら、私の頬に啄むような口付けを何度も落とす。
角度を変えては、ちゅっちゅっと可愛い音を響かせながら落とされる口付けは、まるで『愛おしい』と言ってもらっているようで……くすぐったくも幸福に満ちていた。
背中から抱き締められていると、信長様の胸の鼓動がトクトクッと規則正しく響いてきて、包み込まれているだけで心が落ち着いていく。
(こんな時間がずっと続けばいいのに…このままずっと、二人だけでいたい…)
募る想いのまま、身体に回る信長様の腕にそっと縋った。
しばらくそうして寄り添い合って、過ぎていく時の流れに身を委ねていたが、商館の者が朝の支度をする音だろうか、やがて部屋の外では人が行き交う物音が聞こえてくる。
私も支度をしなくては…そう思いながらも身体を離せなかった。
「もう少し、こうして二人だけで過ごしていたかったが…帰るか、大坂へ」
「はい………」
朱里を抱き締める腕に少し力を入れた信長は、その耳元へ唇を寄せて、そっと囁いた。
ただ一言
「愛してる」と………