第92章 帯解き
霜月に入ると、山々の木々も色づき、秋らしい涼しげな風が心地良く感じるようになってきた。
庭の紅葉も赤や黄色に色づいて、城の者達の目を愉しませてくれている。
霜月の十五日、明日はいよいよ結華の『帯解き』の儀が行われる日だった。
『帯解き』とは子供用の着物についている付け紐を取り、初めて帯を締める着付けをするという、子供の成長を祝うための儀式であり、数え七つの歳に行うと決められている。
儀式の日には、晴れ着を着て神社・氏神に参拝して、その歳まで無事成長したことを感謝し、これからの将来の幸福と長寿を神様にお祈りするのだ。
この日の為に特別な着物や帯、小物類などを仕立てたりと、春先から時間をかけて準備をしてきた。
齢六つの結華はまだまだ子供ではあるが、『帯解き』が済めば形式上は大人の仲間入りをしたとみなされる、大切な行事なのである。
「はぁ…いよいよ明日かぁ」
衣桁掛けにかけられた着物を感慨深い気持ちで見つめる。
それは、黒地に色鮮やかな蝶の紋様の刺繍が施してある見事な着物で、合わせる帯にも金糸銀糸で繊細な刺繍が入っている。
信長様と同じ深紅の瞳で、歳の割に大人びた顔立ちの結華に似合うよう、黒を基調とした落ち着いた色柄の反物を京から取り寄せ、自ら選んで仕立てさせたのだ。
想像以上の見事な仕上がりに満足感を覚え、私はうっとりとそれを見つめていた。
明日はこれを着て皆で天満宮に参拝し、祈祷を受けるのだ。
これまで大きな病もせず元気に育ってくれたことを改めて感慨深く思いながら、娘の成長を嬉しく思う気持ちと、幼い娘が少しずつ大人に近付いていく言い様のない寂しさとが合わさって、つい感傷的になってしまう。
(儀式が終わっても、結華が私達の大切な子であることに変わりはないというのに…)
帯解きが終われば、場合によっては許婚を決めることもあるため、信長様の元へは各地の大名家から『是非、息子の嫁に』という熱烈な誘いの文が今年に入ってから何通も届いているようだ。
(あの信長様が結華を嫁に出すなんて考えられないけど…そんな話も現実味を帯びてくるようになったってことか…)
嬉しいような寂しいような…親としての複雑な感情が入り乱れ、大切な明日という日を前に何とも落ち着かない気持ちでいっぱいだった。