第17章 戦場
安土を出て1週間ほど経った頃
織田軍は備後国に入り、謀反の狼煙をあげた大名の支城を次々と陥しながら、進軍していた。
毛利の旧領に入ると、予想以上に織田家に叛旗を翻す者が多く、数万の兵を有し数に勝るとはいえ、本城に到達するのに当初の予定よりも時間がかかっていた。
信長も自ら前線に立ち、兵達を鼓舞しながら刀を振るう。
無数の敵の返り血を浴びて、黒い甲冑が赤く染まるのも気に留めず、ひたすらに前だけを見据えて進む。
その鬼神の如き戦いぶりに、味方からは畏敬と称賛のまなざしが、敵方からは恐怖と非難の叫びが浴びせられる。
「くっ、この男、鬼だ、魔王だという噂、本当だったか…」
「…助けてくれ、命だけは…」
「ふっ、恨むなら愚かな判断をした主君を恨め。
俺は俺の信じる道を進むまでだ」
(此度の戦は謀叛の芽を摘むためにも、徹底的に叩かねばならん。
……鬼だ魔王だと罵られようとも、俺は自分のやるべき事をやる)
歯向かう敵をなぎ倒しながら進軍し、ようやく大名が籠城する城を包囲するところまで兵を進めた。
城を数万の軍勢で取り囲んで陣をはり、皆を集めて軍議を行う。
「光秀、義昭の動向は探れたか?」
「はっ、将軍はどうやらまだあの城の中にいるようです。此度はまだ逃げ出さずにおるようで…まあ、大名と共倒れする気はないのでしょうが…」
「ふん、では……俺が城から引きずり出してやろう。
……城に全ての鉄砲を射かけよ。大筒も打ち込め。脅しゆえ、当たらずともよい。
二度と愚かな真似をせぬよう灸を据えてやる」
光秀が少し考え込むような顔をしたあと、思い切ったように口火を切る。
「…御館様、ご命令さえ頂ければ、混乱に乗じて秘かに将軍を葬ることも…私にお任せ頂ければ…」
「…光秀、それはできぬ。彼奴の動きは腹立たしいが、将軍殺しをやるわけにはいかん…秘密裏にであっても、な」
(名ばかりの将軍など何の役があろうか…御館様は民のため、国のために自らの手を血で汚し、多くの裏切りにあいながらも日ノ本を一つにするべく信念を持って進んでおられるというのに…)
信長の心情を思い、光秀はやるせない気持ちになる。