第91章 家族
「ふぇ…ふぇ…うぎゃぁ…あぁ…」
「あ〜母上っ〜、泣いちゃったぁ…」
「あらあら、吉法師、どうしたの?お腹が空いたのかな?」
布団の上で手足を動かしながら大きな泣き声を上げる我が子を、抱き上げてゆっくりゆらゆらと揺らしながら、その顔を覗き込む。
心配そうに傍に寄り添いながら、結華もまた同じように赤子の顔を覗き込んでいる。
産まれてから御七夜を過ぎた赤子は、信長様の幼名と同じく『吉法師』と名付けられ、つい先頃、城内の皆にも御披露目がなされたばかりだった。
「母上、吉法師はいつお話ができるようになりますか?いつになったら、お外で一緒に遊べますか?」
「ふふ…そうねぇ…吉法師はまだ赤ちゃんだから、お外に出るのはもう少し先かなぁ」
「えーっ、そうなのですか…じゃあ、もう少し大きくなったら結華が御伽草子をいーっぱい読んであげます!」
「ふふっ…」
産まれたばかりの吉法師に対面した結華は、初めて見る赤子に興味津々で、ようやくできた弟の世話を焼きたくて仕方がないようだった。
まだまだ寝ている時間の多い吉法師の布団の傍に陣取って、毎日、その寝顔を飽きることなく眺めている。
すっかり姉らしくなった結華の姿が微笑ましくて、小さな姉弟の可愛らしい様子に思わず口元が緩む毎日だった。
久しぶりの赤子の世話は、最初こそ緊張したものの、いざ始めてみれば結華の時よりも気持ちに余裕ができていて、日々心穏やかに子に接することができていた。
此度も子は乳母に預けず、私が自ら乳を与えて育てたいと、産まれる前から信長様にはお願いをしていた。
産まれたのが男子、待望の嫡男ということで、大名家の慣例に則して養育は乳母に委ねるべきだと家老達からの苦言もあったようだが、信長様はそれらの声を一蹴し、私の意思を尊重して下さった。
(吉法師は信長様の大切なお世継ぎだから、いずれは傅役や千鶴のような立場の教育係は付けなければならないけれど……せめて乳飲み子の間だけは片時も離れず自分で育てたい)
むずがる吉法師に乳を含ませると、ピタリと泣き止んで乳房に吸い付き、力強く乳を飲み始める。
まだ産まれて数日だが、吉法師はよく飲み、よく眠る子のようで、それだけでも私は随分と助かっていた。
(赤子といっても、みな同じではないのよね…吉法師はどんな風に大きくなっていくのかしら……)