第89章 重陽の節句
「来年は一緒に見に行こう。貴様のその細腕がいっぱいになるぐらい、花も買ってやろう」
「ふふ…もぅ、信長様ったら…」
ふわりと花が綻ぶような柔らかな表情で微笑む朱里を見ていると、信長は甘味を食べた後のような甘い心地に包まれる。
(朱里…貴様と二人で菓子を食べ、茶を飲む時間はこの上ない至福の時間だ。
だが、どんなに美味い菓子よりも、貴様の笑顔の方が俺にとっては極上の甘味なのだ。
甘くて蕩ける、俺だけの甘味。
手に入れる為ならば、俺はどんなことでも出来るだろう……)
「………朱里」
「え?…あっ、っんんっ……」
衝動的に朱里の身体を引き寄せて、その唇を奪う。
何か言いたそうに開きかけていた小さな口を、塞ぐようにパクリと喰むと、ほんのりと甘い菓子の味がする。
(足りない…もっと…もっと欲しいっ…)
甘味に使われている砂糖の甘さには、中毒性があるという。
食べても食べても、また欲しくなる。
もっと、もっと、と際限なく欲しがるようになり、やがては、それが無ければ生きてもいけなくなる……中毒性とはそういうことだ。
(俺にとっての朱里が、まさにそうだ。その身も心も既に自分のものなのに、触れるたびにもっと欲しくなるっ…)
「朱里っ…愛してる」
「んんっ、はぁ…あっ、信長さま…」
甘い甘味は人の心を癒し、ひと口食べれば、疲れた心と体が柔らかく解れていく。
互いの吐息が混じり合って、頭の芯まで溶けてしまうような甘い口付けを何度も繰り返しながら、信長は愛しい女との午後のひと時を愉しむのだった。