第88章 裏切り〜甘い香りに惑わされて
「い、いえ…この香り、本当に良い香りですね」
「あぁ…近頃、一人でいてもこの香りがふわりと香ることがある。貴様の香りが俺に移っているからだろうな」
「そ、そうですね…」
(うぅ…事実だけど面と向かって言われると、やっぱり恥ずかしいな。でも、信長様を独占してるみたいで、何だか嬉しい)
「この香りのおかげで、一人でおっても貴様が共におるような心地がする。それだけで俺は満たされる」
慈愛に満ちた優しげな表情で見つめられて、私もまた胸の奥がじんわりと温かくなった。
(私も同じだ。信長様と同じ香りを共有できて、身も心も包み込まれているような心地になれる)
この香が女人の残り香ではないかと不安になって悩んでいたことが嘘みたいに、今幸せだ。
「信長様、私の悪い予想を裏切って下さってありがとうございました」
「くくっ…それは、貴様が俺の浮気を疑って一人悶々と悩んでおったことを言っておるのか?愛らしい奉仕までして……」
「ちょっ、ちょっと!急に、何を言い出すんですか!?ここ、まだ廊下ですよ!?女中さん達に聞こえちゃいます……」
「構わん。香りに嫉妬する貴様は愛らしかった。普段と違う積極的な貴様も予想外で良かった。あのような裏切りならば、俺はいつでも大歓迎だぞ」
「やっ、もぅ……」
口元を緩め不敵な笑みを浮かべる信長様は、いつもどおり余裕たっぷりの信長様だった。
(本当に、信長様はいつだって私の想像を裏切って下さる。そして、そのたびに私はこの方をどんどん好きになっていく)
きっとこの恋は終わらない。
知らない顔の貴方を新しく知るたびに、私は何度でも貴方に恋をするのだから………