第16章 出陣
月が冴え冴えと美しい夜
私は信長様と天主の張り出しで月を愛でながらお酒を飲んでいた。
「今宵は美しい満月ですね」
「ああ、ずっと見ていても飽きんが…少し冷えてきたな。
寒くはないか?」
「ふふ、ありがとうございます。
そうですね、朝晩はだいぶ冷えるようになってまいりましたね。
……信長様がまたお熱を出されては大変ですから、中へ入りましょうか?」
「くくっ、言いおるわ。
その時は…貴様が薬となってくれるのであろう?」
信長様は口の端にニヤリと意地悪な笑みを浮かべて、私の顎に手をかける。
「っ、中でもう少しお飲みになりますか?」
「いや、今宵はもうよい。
………………朱里……」
「はい?」
ふいに、思い詰めたような顔で見つめられ、いつもよりも低く重厚な声で名前を呼ばれたことで自然と胸騒ぎを覚える。
「………近々、出陣することになる…行き先は西だ」
「っ、西…とは?毛利家を下した今、西方の国々は既に信長様の傘下にある、と聞いております」
「毛利の旧領である備後国には、謀略好きの将軍様が未だ健在でな……毛利の残党を唆して俺の首を狙っておるようだ」
「…足利…義昭…様、ですか」
室町幕府15代将軍、足利義昭様は信長様の庇護のもと幕府再興を果たされたが、のちに信長様と対立して京を追われ、今は備後国鞆におられるという。
光秀さんが西方に放っていた間諜からの報告では、備後国の毛利家旧臣の大名に謀反の兆しが見られるらしい。
「義昭を討つわけにはいかんが、毛利の残党は徹底的に叩いておく必要がある。
此度の戦は場合によっては、長引くやもしれぬ」
(これまでにも信長様が謀反の討伐に行かれることはあったけど、小さな小競り合い程度の戦で、すぐに帰ってきて下さった…でも、今度の出陣は意味合いが違うんだわ…)
迫り来る不安を隠し切れず表情が曇る私の頬を両手で優しく包み、安心させるように目線を合わせて下さる。
「案ずるな、朱里。
俺は死なん。何があっても必ず貴様の元へ帰る。
……だから、貴様は笑っておれ」