第2章 濃縹色に染まる【聖川真斗】
「どうした、香澄」
ぐーぱーと、手のひらを開いたり閉じたりする姿を見て怪訝に思ったのか、聖川さんは読んでいた書籍から視線を上げた。バルコニーに吹く爽やかな風に髪を揺らしながら、声とともに自身に向けられる視線に気がついた。ハッとして彼に向かって伸ばしていた手を、慌てて引っ込める。
「なんでもない、よ」
「そうか」
一言返し、再び視線を書籍に移す彼を見つめては、小さく、わからないようにため息を吐いた。
幼馴染で、同じクラス、同じペアの彼との付き合いは長い。だからこそ不安になる。彼との関係は、このまま後退することもなければ、前進することもないのだろうか、と。作曲家として彼の支えになることしかできないのだろうか、という思いが胸の内を渦巻く。
できるならば、もっと近くに、そばに寄り添いたい。そう思い、ひたすらに努力を積み重ねるも、そう簡単に身を結ぶものでもない。
『彼の声を乗せるための音を紡ぐこと』が仕事だ。そう言われてしまえば、返す言葉もない。それ以上を望むのは、間違っているのかもしれない。けれどやはり、もっと近くに。あわよくば、隣に並びたい。
心にわだかまる思いは、揺れる青。濃縹(こきはなだ)。白布を、染料に浸した時、深い青がじわりと滲みひろがるように。深く、濃く、心に蔓延る。この想いを、解き放てたなら。彼に伝えられたなら。