第4章 ズルい人。
あまり得意ではない自覚があるものの、料理を楽しむ彼は、流れとして出来上がっているのか、洗い物もよくしている。
私が動く間もなく全ての工程が終わっていて、彼いわくそれは「作りたくて作っているし、その先に洗い物があるのは当たり前だから苦ではない」ものらしい。
それゆえに手が若干荒れているが、私はそんな彼の手が好きだ。懸命に生きているような、私となんら変わらない、ただの人であるかのような、そんな雰囲気を持たせてくれてひどく満たされる。
しかし、そうであったとしても、愛しい人の手が赤く荒れているのは見ていられたものじゃないから、早く治りますように、のおまじない。それがさっきのキス。
「今おまじないかけたんです。あなたの国はそういうのが盛んですよね。ね、ちゃんとかかりました?」
上記を述べて、微笑む。
あわせて彼も、薔薇の花弁が開くように、頬をじわりと赤く滲ませながら、ゆっくりと口元に微笑を称えていく。
完全に気を抜いていて、胡座をかいている彼の膝に向かい合わせで座る。
私の行動が余りにも意外だったのか、彼は大きな翠玉の瞳をさらに大きく開いて、勢い余ったというような雰囲気で、きつい程に私を抱きしめた。そして、小さな小さな声で「かかった」と。私の耳元で。
「私にも、何か魔法をかけてください。貴方そういうのお得意でしょう?」
悪戯したい一心で、日に照ってきらきらと透ける絹のような髪を弄びながら、返す。
彼はまた少し驚いたように身を固くして、すぐにクツクツと喉でわらいだす。
そして、キスを額に、鼻に、そして口に落として、目が合うように優しく私の肩を自らの肩口から離す。
「ほらな、かかったろ。恋の魔法だ、お前にだけトクベツ。」
彼にしては珍しい、目尻を下げた柔らかい笑みを浮かべて愛しげに私を見つめる。
悪戯したつもりだったのに、してやられたのは私の方。
まあズルい人、と私もまた目を細めた。
なんとも甘く色付く空気に、お互い同時に吹き出す。
空気が心地よく揺れるのを感じて、また視線を絡める。
幸せですねと言えば、幸せだなと返される、こんな日々が続きますようにと願いを込めて。