第3章 一人目 案内人ルカ
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「ただいま」
陽が落ちてから暫く、仕事から帰ってきた成弥が玄関で靴を脱いでいた。
相変わらず何も無い部屋ねえ。そんな細く高い声がして、その主が彼の背後からひょっこり顔を覗かせた。
アイツだ。
その女の子は私に向けてにっこり笑い、四本足で立ち上がって身構えた私に声を掛けた。
「リラちゃん、こんばんは!」
「リラ、知佳(ちか)さんだよ。ご挨拶して」
成弥が促すけれど私はその場から動かない。
「良いのよこの子、人見知りみたいだし」
そんなことを言いつつも、知佳の目はいつも私に『近寄るな』と言っているのが分かるのだ。
私はプイ、とそっぽを向くと廊下の隅に座った。
この人間は嫌な感じがする。それに……
「まったく……リラは仕様がないな。わ、知佳さんいつもありがとう。凄く美味そう。トマトソースの煮込み料理?」
知佳から受け取った紙袋の中を覗きながら成弥が彼女にお礼を言う。
「うふふ。うちの冷蔵庫であるもので適当に作ったの。口に合えば良いけど」
嘘だ。
知佳はいつも成弥に食べ物を差し入れるけど、そこからは知佳の匂いなんてしたことないのだ。
「それにしても知佳さん、毎週こうやって来てくれるけど、こんなところ親方に見られたら心配するよ」
「私が勝手に来てるの。なあに? それともパパが怖いの?」
「そういう訳じゃないですけど」
知佳は断れない成弥につけ込んでるんだ。
「私のことが嫌い?」
「い、いえ」
「私成弥が好きだよ。周りの子と違って男らしくてかっこいいし」
「はあ……」
成弥は照れたような表情をして頭を掻いた。
知佳はそんな彼の背中に腕を回し二人は唇を重ね、そのシルエットが重なった。
そして程なく、知佳の忙しない溜息が部屋に響く。
私はなるべくそれが聴こえないように丸くなって耳を抱え込み、身体に埋めてクッションに潜り込む。
成弥。
あのね、その女からはいつも、他のオスの匂いがするんだよ。
嫌なオスの匂い。
だからダメだよ、成弥。
知佳はダメだよ。