第2章 リラの旅じたく
「いただこうとは思ってません。 俺はここで三年の間働いて来ました。 その間の給料を出してもらいたいんです」
「……お前はまだ未成年だ。 そんなことは出来ない」
治療?
それまでの話の内容から素早く彼らの今の状況を推測する。成弥は親方さんに私の病気の治療のお金を頼んでいる?
そういえば、成弥は最近、なんだか思い詰めている感じだった。
気まずい空気の中二人は暫く押し黙っていたが、成弥の方が静かに口火を切った。
「……分かりました。 俺ここ辞めます」
「は? 成弥、何を?」
それまでずっと成弥から顔を背け、まともに相手にしていなかった様子の親方さんが驚いた表情をして顔を上げる。
「お世話になった親方にはとても申し訳無いと思っています。でも俺、今金が必要なんです」
「馬鹿なこと言うな! あの時、警察に保護されていたお前を親戚だと嘘までついて、俺が拾ってやった恩を忘れたのか?」
私はハラハラしながらその様子を見ていた。
親方さんは分かっていないのだ。
まだ成年に満たない年齢にも関わらず、早くに大人にならなければなかった成弥がどれだけ意思が強い人間なのか。
そしてどんなに愛情深いかを。
「もちろん忘れてはいません。 でも、俺にとってはリラが何より大切なんです。正当な手続きを取ることもできます。 養子縁組を解消して下さい」
「……とらん」
親方さんは再び成弥から視線を外し、手のひらで無精ひげの生えた顎を撫でながら落ち着かなさげに体を揺らしていた。
「え?」
「養子縁組なぞしとらんと言ってる。給料を出していた証拠はない。金は出せん」
立っている成弥は私から見て斜め後ろを向いていたのでその表情は伺えなかったけれど、彼が珍しく狼狽えたような声を出した。
「そんな……」
いつも成弥は、生活していく最低限のお給料しか貰っていなかったはずだ。
私は彼の食卓に、お肉やお魚がたくさん乗ってるところなんて、見た事がない。