第2章 リラの旅じたく
キルス様と居た空き地から一転、私は一匹でコンクリートの地面の上に居た。
どうやら大きな建物の中のようだ。小さな工場の様な様相の。
ここに、成弥が居るのだろうか。
人間よりも何万倍の嗅覚がある私。油や紙や鉄の、色んなキツい匂いがする。
自分の鼻が麻痺して頼りにならないようなので、注意深く耳を澄ませてみる。
「…………!!」
何か、言い争っているような音が聞こえる。
同じ音量でも大きく聞こえる、これは男性の声だ。そして成弥。
───でも、私は穏やかな成弥が大声を出すところなんて、今の今まで見たことがない。
キルス様の言った通り、確かに何かが起こっているらしい。私は急いでその声の方向に向かった。
「朝早くから何を言い出すんだ………」
「親方、お願いします!」
コンクリートの硬い地面を蹴りながら、声が近くなるにつれ嗅ぎ覚えのある匂いが微かに混ざってきたのに気付いた。
何だったっけ? この、どことなくイヤな感じの………
声や匂いの元となっている部屋の戸口まで辿り着いた私は中には入らず、そおっと様子を伺ってみる。
雑多な事務所みたいな部屋の中だ。
「治療を受けさせてあげたいんです。 うちのはまだ若いから、助かるかもって」
成弥が立っていて、そして向かい側に座っているもう一人が私の目に入ってきた。
「無理に決まってるだろう、ペットごときにそんな大金」
成弥が頭を下げている相手、先ほど言い合っていた時に『親方』と呼ばれていた中年の男性は、険しい表情で黒い皮のソファーに座している。
体を揺らして忙しなく煙を吐きながら、煙草を吸っていた。