第6章 黒い甘露【イケメン戦国】
「やあ…初めまして。」
静かに格子戸を開けて座敷牢へ足を踏み入れた大柄で凛々しい男は、そう言って柔らかく微笑んだ。
「名乗る迄も無いかな。
君は俺を知っていて当然だからね。
然し、君からは色々聞かせて貰わなきゃならないし
俺も名乗っておくのが筋だな。」
穏やかな声色で語り掛けて来る其の男は、焦り焦りと近付き私の目前に優雅な所作で胡座を掻く。
「俺が武田信玄だ。
俺の顔を見るのは初めてかい?
君好みの男であったなら良いのだが。
だって君とは長い付き合いになりそうだからね。
ああ……心配しなくても君は随分と俺の好みだよ。
春日山へ忍び込んだ間諜を捕らえたと聞いて来てみたが
此れ程に愛らしい女性だったとは正直驚いている。
実に嬉しい驚きだ。」
人懐こい笑顔の儘、饒舌に語る男。
だけど其の纏う空気はぴんと張り詰め、私の全身を得体の知れ無いぞわぞわとした感覚が這い回った。
「うん……緊張しているのかな?
大丈夫。
君の身体に疵を付ける心算は無いから安心してくれ。」
徐に伸ばされた男の手が私の髪を弄び始めたけれど、私は其れを避けられない。
何故なら………
私の上半身は荒縄が幾重にも頑強に巻かれており、僅かに身動ぐ事すら不可能だから。
おまけに顔半分を覆う様に咬まされた猿轡の所為で声も出せ無いんだ。
横髪を擽っていた手は顎に移動しぐいと上向けられた瞬間、男は鼻先が触れそうな距離まで顔を寄せて来る。
そして低く、甘く溶ける様な声が私の耳に注がれた。
「さあ……始めようか。
君と俺の、爛れた狂瀾の開宴だ。」