第7章 三日月の夜に。明けた朝に。
信長様は私の腫れた目を見て少し眉を細めたけれど、何も言わない。
「また、ってどういう意味ですか?
貴方から逃げた覚えはありませんが」
自分でも聞いたことのない、冷たい声がついて出た。
信長様は簡単な着物に着替えていた。
昼の着物に比べシンプルな作りだけれど、「威厳」という羽織をまとい、射るような視線を向けてくる。
「1度目は本能寺を出たあと。
静止を無視して立ち去ろうとしたろう、違和感から逃れるために。
2度目は宴でだ。
貴様は酒に逃げた。俺を翻弄するために。己の弱さを隠すために。
3度目は今。ここから逃げようとしているのではないか?
貴様がどんなに立派な義を主張しようと、逃げれば『理』は通らん」
・・・震える。
目の前が赤黒く塗りつぶされたようだ。
怒りという怒りが這い上がってきて、指から頭の先まで征服される。
(私の気持ちなんてちっとも分からないくせに)
足音なんてどうでもいい。
誰に聞かれたって、起こしたって構いやしない。
つかつかと歩み寄ると、思いきり右腕を振り上げた。
ひっぱたこうとした私の手のひらは、顔に付く寸前で手首ごと掴まれてしまった。
信長様の強い力に押すも引くもできない。
「離して。」
「断る。」
お互いが目線を外さないまま、熱がぶつかり合う時間が過ぎていく。
ふと、信長様の力が傾いて引かれ、
体ごと胸に飛び込む形になった。
ぽふ、と音がする。
「強情な女だ」
私をまるごと抱きしめながら言った。
体を引こうとしても、びくともしない。
信長様は私より20センチ位背が高いから、
ちょうど胸の高さに頬が押し付けられる。
第六天魔王 権力 手打ち 夜伽…
この方にまつわる単語は私にとって恐ろしいものばかりだ。
だけど、思考停止した私の頭は、、、
鼓動の速さを感じる以外できなかった。
どちらのものか分からない、音の速さを。