第6章 夜伽
莉乃の部屋の前に到着し、秀吉が中に向かって声を掛けようとした、その時だった。
「・・・!?」
「!!!」
ふたりの耳がとらえたのは、中からすすり泣くような、ほんの小さな声。
まるで布団か何かで口を押さえてるかのような、くぐもった音だった。
慌てて障子を開こうとする秀吉の手を、政宗の盆を持っていない方の手が掴んで止める。
「なぜ!?」
小声だが有無を言わさぬ声は「今すぐ駆けつけなければ」という秀吉の心情を大いに表していた。
「やめとけ、秀吉。」
「何言ってんだ! 莉乃は今、泣いてるんだぞ!
昨日から色んなことがあって… さっきも倒れて…
莉乃は城にいることを決め、織田軍の仲間になったんだ。
ここで見て見ぬふりしろってのか!?
お前、見損なったぞ。」
政宗はしっかりと秀吉の腕を掴んだまま、ゆっくりと首を振った。
「違うだろ、秀吉。
今、俺たちがしてやらなきゃいけないのは、駆けていってあいつの涙を拭いてやることじゃない。
莉乃が安心して泣ける場を作ってやることだ。
俺らがあいつを疑ったように…
あいつだってまだ俺たちのこと信じきれてないだろう。
馬一頭、出してやれないんだぞ??
莉乃は…
突然敵陣に突っ込まれて… 昨日から戦いっぱなしなんだ。」
しばらくお互いの目を見合った後、秀吉の手が障子から離れる。
「…………分かった」
障子の奥の住人に気づかれぬようそっとその場を離れ、来た廊下を引き返す。
「これからお前の部屋で飲み直すぞ、粥をつまみに。」
「飲み直すって、お前飲めねーじゃねーか。」
「俺が飲むのは茶だ。お前は酒飲んで構わないぞ」
「・・・・・・俺も茶にしとく」
それぞれがそれぞれの感情をを抱えたまま、夜がふけていった。