第30章 舞台挨拶
舞台挨拶当日、信長は海外へと旅立って行った。
見送りをしようとアラームを設定したはずなのに、それはなぜか鳴らなくて、聞こえなくて…、
多分信長が私のことを思ってアラームを事前に止めてくれたみたいで、お見送りは叶わなかった。
「行っちゃった」
数時間前まで抱かれていた気だるい体を起こし周りを見ても信長の姿はなく、代わりに、舞台挨拶で着ろと書かれたメッセージとお洋服が、私の眠る横に置かれてあった。
「ありがとう。大好き。気をつけていってらっしゃい」
寂しさと、温かさが入り混じる気持ちでお洋服を抱きしめながら、空港の方に向かってそう呟いた。
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「セナおはよう」
信長の部屋を出て自分の部屋へ戻る途中の廊下で、声をかけられた。
「あ、蘭丸君、おはよう。もしかして…今帰り?」
オシャレな着こなしに身を包んでいるけど、髪は少し乱れていて、伊達メガネの先の白眼も少し赤みがかっていて、疲れているように見える。
「うん、ライブの打ち合わせをメンバーとしてたらすっかり遅くなっちゃって…でもこの後収録があるから着替えてすぐに行かないとダメなんだ」
「わぁ、ハードだね。大丈夫?無理しないでね」
蘭丸君は日本を代表するアイドルグループの一員なだけじゃなく、ドラマやバラエティや情報番組まで幅広く活躍してるから、同じ寮生とは言え中々会う事はない。とても大変そうだけど、少しだけその忙しさが羨ましい時もある。
「セナありがとう!やっぱり優しい」
くるんと愛らしい目で私に笑ってくれる蘭丸君は、私よりも年上なのになんだか可愛くて弟のよう。
「そう言うセナも今から仕事?」
蘭丸君は私が両手に抱えて持っていた、信長からサプライズで贈られたお洋服をチラッと見た。
「あ、うん。午前は雑誌の撮影なんだけど夕方から舞台挨拶があって、…小さな会場で控室もないらしいから、自分で用意してかないとなの」
宣伝費を抑えるとは、すなわち人件費やその他の経費もギリギリまで抑えられていて、この映画の役者の服は全て自前だ。(ヘアメイクさんはいた)
だから今日も衣装は自前で、ヘアメイクさんもいない。一応着ていく衣装は決めていたけど、今朝信長が用意してくれた衣装はとても素敵で、彼の優しさを改めて感じてしまった。