第15章 副部長の言葉
合宿が明けて、部は通常の練習に戻っていた。
合宿での仁王の歩み寄りによって、萌は彼を避けることはしなくなった。ただ、彼の顔を見ると恥ずかしさに体温が上がる。頭の中はぐちゃぐちゃで、足元がふわふわとおぼつかない感覚だ。
からかっているのか本気なのか解らないキス。
でも冗談でキスなんてするのかな…?
仁王が相手だとそれもある気がしてしまって、益々ぐるぐると考えあぐねていた。
関東大会が刻々と近付き、練習も熱を帯びてきていたある日のこと。ダブルスの練習試合で萌にサーブ権が回ってきた。
「夢野」
ボールを持っていた仁王が、萌に渡すためにラケットを水平に出してきた。
今までは軽く投げて寄越すか、手渡してきていたのに…
よそよそしさにやや傷付きながら、受け取ろうと手を伸ばすと。
「あ…」
ラケット越しにボールを渡すのかと思いきや、ラケットの面の上には可愛い包装のキャンディが置かれていた。
「さっきブン太からくすねてきたんじゃ」
可愛らしい騙し打ちにびっくりして顔を上げた萌に、仁王は少し照れ臭そうに笑って返した。その笑顔が心なしか柔らかく見えて、思わず彼をじっと見てしまう。
お互いに視線を逸らせずに見つめ合い、自然と微笑み掛けていた。何だか久しぶりの感覚だ。
「…オーイいつまで見つめ合ってんだあ?早くサーブ打てよー」
丸井が向こうのコートから焦れた風に急かしてくる。その声で我に返り慌ててプレーに戻った。
萌の思い悩んだ様子を見て、力んだ肩がほぐれるような小さなサプライズを仕込んでくれたようだった。あの仁王に気を遣わせていると思うと何だか恐縮するけれど、その優しさが単純に嬉しかった。
あなたと笑って一緒にいたい。
自分と同じ想いだったら、どんなに嬉しいか…
「最近調子が良くなかったようだが、関東はいけそうか?」