第88章 *緊急リターニング*
すれ違いざまの謝罪にも、一瞬握った手で返すと恐れに高鳴る鼓動を抑えつけながらマレノアの目の前で足を止める
『(えっと..目、見ちゃだめ)』
無礼だと怒鳴られないよう顔を俯かせていると、黒い指先が伸び片手で顎を掴まれ上へ向かされる
『ぅ"っ..!』
マレノア『..あぁ、血のような瞳に星々を従える闇夜のような髪。なによりもこの耳..』
『んっ..』
細い指が縁をなぞりゾクッと刺激が走る。思わず漏れた声に、マレノアの笑みが更に深まり、瞳の炎が強く燃えた
リリア『..マレノア様、戯れも程々に。彼女が怯えています』
マレノア『なんだリリア?お前がそんな顔をするなぞ久しく見ていないな。まさか、この娘に気でもあるのか?』
眉をひそめながら向けられた怒りのような感情に、マレノアは気分を悪くするどころか、面白いものを見たように薄く唇を開いて嗤う
リリア『別にそういうのでは、』
マレノア『(わたくしとまるで正反対の小娘じゃないか。気の多い奴め..)まあいい。遅れた詫びとわたくしの機嫌を取るためにわざわざ土産として連れ帰ってきたのだろう?ふふ、ありがたく受け取っておくぞ』
リリア『は?』
『へ..おみや、げ?』
マレノア『誰が口を開いていいと言った?』
『ぁぅ..ご、ごめんなさい..』
マレノア『..ふっ、そう怯えるな。首輪をつけて飼いたくなるだろう?まったく、こんな時でなければ今すぐにでも、茨の国の所有印を施し閉じ込めてやったものを..』
さりげなくゾッとする発言のあと、レイラの黒髪を掌で掬いこぼれ落ちる様を楽しんでいた
マレノア『黒兎は警戒心が強いと聞くが、よくもまあここまで連れてきたものだ。どこで拾ってきたのやら..』
リリア『それより、貴女様もヘンリクの..銀の梟の首領の声は聞いていたでしょう』
マレノア『ほう、先ほどの騒音はあの人間の仕業か。イノシシの鳴き声かと思ったぞ。耳障りでかなわないな』
リリア『あと四半刻で銀の梟どもが城へ攻め入って参ります。この城に残っている兵では、あれほどの大群を退けることは難しい。大変無念ではございますが..今は退却を選択すべきかと。
城塞も、魔法石も..我らの誇りですら、お世継ぎの命に比べれば瑣末なのもの』