第12章 Act
―――春の心を殺せない……どうしたって、どんなに頑張ったって飲み込めない物があるの。それを無理やり飲み込んだら、喉につっかえて息が出来なくなる……。私はこの先も春に恋心を抱かない。春に夾の代わりになれなんて言えない。苦しめなんて言えない。
ボロボロと涙を零し始める少女に、それ以上は何も言えなかった。
きっとひまりにとっても俺が喉に引っ掛かる存在になって。
どんなに必死になったって飲み込めなくて、息が出来なくて。
苦しめるだけなのだと理解してしまったから。
それは望んでいないから。
だから、―――さようなら。
潑春がハッと目を見開く。
瞠目したままゆっくりと自身の震える手のひらを見つめて、ずっと居座っていた物が抜け落ちてしまった胸に手を当てながら由希を見た。
目頭が熱くて仕方がない。
本当に突然、いなくなるんだ。
「は、る……?どうし」
「……せっかく、抱き締められるように、なった、んだけどな」
歪む顔で微苦笑を浮かべて、その頬に伝ったのはきっと雨では無かった。
何もかもを失くしたような感覚に苛まれ心が痛い。
この時をずっと、まだかまだかと待っていた筈なのに。
いざ失くすと喪失感で苦しかった。
初恋が終わった時の痛みとはまた違っていた。
全てを理解したように由希が潑春の肩に手を置いて、「そっか」と呟く。
潑春は「ん」と短い返事を返して、もうしょっぱい物が雨粒に混じらないように細長く息を吐き出した。
「……由希は、言わずに終われるの?」
潑春の問いに下唇を噛みながら僅か沈黙して、「言わないよ」と由希は首を横に振る。
「一方的に伝えるのはある意味無責任なことだから。少なくとも相手に背負わせることになるだろ」
進級直前。一学年上の先輩達が卒業する間際。
もう最後だから、と決して少なくは無い数の人達に淡い想いを告げられた。
傷付けるとは分かっていても、気持ちに応えられないと伝えれなければならない。
由希にとっては荷が重い事だった。
「だから俺は言わない。俺だけが背負えばいいから」
「あれ、今、遠回しに、ディスられた?」
「まぁ俺は弱みに付け込んで、なんてしないって話」
「ココロオレソー」
由希が半眼で呆れたように肩を竦めて。
潑春が無表情で口をへの字に曲げて。
そしてどちらともなくフッ、と笑みを零した。