第4章 蓋
空が厚い雲に覆われていて、時折涼しい風が吹く午後。
今にも空が泣き出しそうな雰囲気を醸し出しているが、朝に見た天気予報での降水確率は限りなくゼロに近かったと思う。
私としては刺すような日差しもなく、うだるような暑さもない快適な気候だが、雨が苦手な夾はどうなんだろう?
「雨は降らないらしいけど、夾は体調大丈夫?」
「多少はダリィけど、気にする程でもねーよ」
そう言って私の隣を歩く彼の顔色は確かに悪くはない。
このまま天気予報が当たってくれることを願った。
だんだんと懐かしい建物が見えてきて、急にドキドキと緊張から心臓の鼓動が早くなる。
そんな私の緊張に夾は当たり前に気付かず、なんの躊躇もなく玄関の扉を開いた。
「おーい。師匠ー!ひまりつれてきたぞー」
夾が靴を脱いで師範に呼びかけながら入るが、その気配がない。
私と夾は首を傾げた。
「師範留守なのかな?」
「いや…今日のこと決めたのは師匠なんだからいねぇはずねぇだろ」
私も靴を脱いで夾の後ろからついていくと、奥から足音が聞こえてきて緊張で顔が引き締まった。
だが、奥から現れたのは師範じゃなくて…
「く…邦光!」
「…ひまり!いやぁ、大きくなったね」
そう言って邦光は昔よくやってくれたように私の頭を撫でた。
友田邦光。草摩の人間ではないものの、小さい頃は武術にセンスが無くて落ち込んでいた私をよく励ましてくれた。
みんなの兄的存在の彼は昔と変わらず優しい微笑みを向けてくれた。
「なぁ、邦光。師匠どこ行ったんだ?」
「藉真さんなら昼前に…急に人と会う約束が出来てしまったみたいで、出て行かれたよ。すぐに戻るから待ってて欲しいと言伝を預かったんだ」
少し言葉に詰まる邦光に、夾は不安げに顔を険しくさせた。
「何かあったのか?師匠」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって夾。親バカはまだまだ健在だなぁ」
はははっと笑う邦光は、恥ずかしさからか顔を赤くさせてがなる夾を軽くあしらいながら再度私の頭を撫でた。
「元気そうでなによりだよ。これから用事があるから時間があればまた話そう。中で適当にくつろいでて」
「うん、ありがとう邦光」
ニッコリ笑うとやっぱり不機嫌な夾を放置して、彼はこの場を後にした。