第4章 蓋
「全部…何もかもぶち撒けろなんて言ってねーだろ。ちょっとぐらい言えよ。頼り…ねぇかもしんねーけど。ンな下手くそな顔で笑うな。見ててムカつく」
あぁ…夾は知ろうとしてくれてるんだ。
弱い私も…受け入れようと、してくれてるんだ。
少しくらい…弱さを見せても…ゆるされるかな…。
「暗いの苦手な理由、実はよくわっかんないの」
「……なんでだよ?」
「暗いところにいて怖いって思ってたのは覚えてるんだけど、どこだったのかとか、どういう状況だったのか全然覚えてなくて。…昔の記憶、所々抜けてるんだ。私」
こっちを見つめて黙って聞いてくれる夾から私は目を逸らして、知らない間に机の上で作っていた握り拳を眺めていた。
「おか…お母さんの顔も…もう分からなくて。一緒に暮らしてた時のことも思い出せなくて。死んでから…忘れないようにって毎日遺影を見てたけど…もう、ないから。どんな風に笑って、どんな声してたか…どんな顔してたのか…わからないの。最低…だよね」
少しだけ蓋を開けただけなのに、隙間から止めどなく溢れてきて止めることが出来なかった。
「覚えてる…のは、息を引き取る直前に産まなきゃ良かったって言われたこと…だけ。勘違いしてたの私。お母さんに愛されてるって。最期にそんな言葉言うなら…中途半端なことして欲しく無かった…勘違い…したくなかった…」
——— また勘違い?ねぇ、やめなよその癖。
——— 僕以外でお前の全てを受け入れる人間が存在する訳ないだろう?
慊人の言葉が頭に響く。
ゾッとして握っている手が小さく震えた。
また私、優しさに勘違いして…
「なぁ」
夾に呼ばれてハッとした。
何話してんだろう私。
笑え。顔を痙攣らせるな。
「ご、ごめん!暗い話なんか聞いても困るよね!ごめんごめんっ!」
取り繕うように笑っても夾は真剣な顔で、眉ひとつ動かさなかった。
手が震えてるのがバレたくなくて、机の下に手を隠す。
「…何で謝んだよ?」
「いや、こんな弱いとこ見せられたってどうしたらいいか分かんないもんね。子どもみたいに弱さ見せてダメだなぁ」
笑え。
頼るな。
強くなれ。
「…ひまり」
わたしを呼ぶ夾の目と目を合わせてしまい、その視線から逃げることができなかった。