第8章 緩み絡まり
コンコンと響く物音に、花菜はうっすらと目を開いた。
いつの間に眠っていたのか。夢か現実かはっきりしない中で花菜はのっそりと上半身を起こす。
「花菜?」
確かに耳に届いた声。驚いたように目を見開き、花菜は扉の方へ視線を向けた。
自分以外は誰もいないはずなのに。熱く重い身体でベッドから抜け出し、花菜はそっと扉に片手を当てて口を開く。
「徹先輩…?」
頼りない掠れた声だったが、及川には届いたらしい。"入っていい?"と言う及川の声に花菜は慌ててダメだと返す。
「風邪、うつっちゃいます」
とは言ったものの、花菜は少し戸惑っていた。
来てはダメだと思っていたはずなのに、及川がこうして来てくれたことが嬉しくて、安心している自分がいる。
及川の声を聞いただけでどうしようもない安堵感が花菜の胸に広がったのだ。
及川はふっと乾いた笑みを零したのち、「分かったよ」と言って扉の前で腰を落とした。
「俺しばらくここにいるから何か欲しいものあったら声掛けてよ。果物とか花菜の好きなゼリーとか買ってきたから」
「っ…ありがとうございます」
甘えても、いいのだろうか。
扉越しに御礼を伝えて花菜はベッドを背もたれに体育座りをする。しばらくの静寂を先に破ったのは花菜の掠れた声だった。
「来てくれてありがとうございます。電話では強がり言ったけど… ほんとはちょっと心細かったから…その、嬉しいです」
どうしてこんなことを言っているのだろう。
迷惑なんてかけたくなかったのに、さっきから零れるのは弱い言葉ばっかりだ。
ドクドクと早く打つ鼓動だってきっと熱のせいだろう。
そう思いたいのに、波打つ鼓動は速さを増して及川の声を待っている。己の心にそっと弱々しく手を当てた途端花菜はかあっと顔を染めた。
「すみません!今のは忘れて─」
「っ、ごめん。ちょっと…タイム」
タイム?
何か不味いことを言ってしまっただろうか。花菜が不安げに目を揺らすと、扉の向こう側から参ったような声がした。