第5章 それぞれの温度
目を閉じるとすぐ、右手の平にペン先が触れる。
やられた、と思った時にはもう遅い。手のひらに文字を書かれているのだと花菜は瞬時に理解したが、抵抗する気力はもはや残っていなかった。
「よし、完璧~」
「…なんですかこれ」
目を開けて自分の右手の平をじっと見つめる。
"及川徹"
油性のマジックペンで丁寧に書かれた3文字に花菜は眉をひそめた。無駄に綺麗な字に花菜は余計悔しくなる。
「家に帰ったら全力で洗ってみます」
「そんな気合い満々に言わないでよ!ちょっと傷つくじゃんか」
そう言う及川はただ楽しそうに笑っていて、傷つく気配などなさそうだ。
今度の小競り合いでは絶対に負けたくない。いっそのこと、岩泉さんでも呼んでしまおうか。
なんて、そんなことを思いながらも花菜の頬は緩んでいる。
「遠征、頑張って来なよ」
「はい」
結局最後はいつものごとく、太陽のような笑顔で花菜は笑った。