第1章 また会えるよ
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ほんのり暖く心地のよい風が春の訪れを知らせる。3月の中盤、どこか懐かしい景色の中で花菜はぼんやりと立っていた。
あれ…?私は何をしているのだろう。
ふと手元を見ればそこには何やら丸い筒が握られている。"卒業証書"の四文字が花菜の心を小さく揺らした。
「花菜……」
春の風がふわりと吹いて背後から懐かしい声がした。花菜が振り向けば細く綺麗な髪はさらさらと靡く。
「京治くん」
自分を呼んだ声の主に花菜は柔らかく微笑んだ。そんな花菜とは対照的に京治はどこか曇った表情を浮かべている。
「本当に行っちゃうんだね」
「うん。明日には東京を出るって」
「そう」
僅かな沈黙がふたりの間に流れた。
そうだ思い出した
私は今日でここを"サヨナラ"するんだ
6年通った校舎をぐっと見上げる。今日が花菜が東京で過ごす最後の日だ。
「お別れ、したくないなぁ…」
ポツリと呟かれた本音。さっきまでの笑顔はだんだんと薄れ、花菜の顔にはもの悲しげな色が浮かんでいた。
最後は笑顔でお別れしようと思っていたのに。彼の前だと、どうしてかいつも弱気になってしまう。
しょんぼりと肩を落とした花菜の頭に、優しい手が触れた。
「!」
驚いて顔を上げると、微笑んだ京治が目に映った。触れた髪から京治の体温が伝わってくる。
「大丈夫。いつか必ず、また会えるよ。だから花菜はそんな顔しちゃだめだ」
優しく細められたその瞳に花菜の胸は切なく締まる。脳裏に残って離れない彼の優しい笑顔。
約束だ、と言って絡んだ小指の温度がまだ鮮明に残っている気がした。