第58章 誰かの記憶ー道は消えるー
もっと時間がかかると思った。
けど、遺骨も遺体もない墓なんてすぐにできた。
墓の側に座り込んで休憩して、墓をぼんやりと眺めた。
「“霞柱”ってだけやのうて、名前も彫ればええのに。」
「いいんだよ。覚えてるから。」
霞柱の文字を見ながら、不死川がはっきりと言った。
「これから新しい霞柱が来るからな。あの人が霞柱だったことだけが残ればいい。」
その横顔は、もう前を向いていた。
「刀、ここに置くわ。」
「いいのか。」
「ええよ。俺のやない。」
不死川は文句を言わなかった。
「時々、磨いて…思い出すわ。」
もう思い出すしかあの子に会う術はない。
「そうだな。俺はもう行く。」
「ん、ありがとな。」
「別に。」
不死川は前を向く。そして、俺も。
「ああ、そうだ。」
「ん?」
「霧雨さんが、最後になんて言ったか知りたいか?」
刀鍛冶である俺にも伝えたいと思ったんやろか。
途中で振り向いた。
「ええよ」
「いいのか」
「だって」
言葉に詰まった。
上手く言える気がせえへんかった。
「だって、それはお前が大事にとっておくもんや。」
「………」
「お前…鬼殺隊にしかわからんもんなんやろ。」
不死川は頷いた。
「アマモリ、また来る。墓は頼んだ。」
「………また、ね。」
「あ?」
「いや、あの子は、思えば言わんかったなって。いつもさようならって言って、またねはなかった。」
「…ハ、そういうところが嫌いなんだよ」
不死川は悪態をつく。
確かに。
誰もあの子の本音を知らない。あの子の心を知らない。俺も、不死川も。誰も。
最後の最後に少しは本音を吐き出せたんやろうか。
「なあ不死川」
「あ?」
「俺、あの子のことめっちゃ好きやってん。」
不死川はそれを聞いて、黙って頷いた。
「俺も、尊敬してた」
そう言って、背中を向けて、今度こそ振り向かなかった。
寂しい寂しい寒空の下。
この季節になると思い出す。雨が降ると思い出す。
もう二度と会えなかった、風柱のことを。
俺はずいぶん、遠くに来てしまった。