第58章 誰かの記憶ー道は消えるー
「霧雨さんが死んだ。遺言で、刀を返しに来た。」
突然そう言われて、ほんまに驚くときは声がでえへんのやって、初めて知った。
「あんたがあの人の刀鍛冶だろ。」
強面で有名な風柱の不死川。知ってる。キリキリちゃんが教えてくれたから。
「嘘や」
咄嗟に出たのは、そんな下らない言葉やった。
「キリキリちゃん、強いから、死なへん。」
「いや、死んだ。俺の目の前だ。」
「だって、刀返すんやったら」
不死川は黙って刀を鞘から抜いた。
見ればわかった。傷なんてどこにもあらへん。
「………死んだ、言うんか。」
俺はやっと実感がわいてきた。
だって、あの子がここに来るときは、決まって刀がボロボロになったとき。ついこないだ来た。そう、一ヶ月もたってへん。
「…刀はいらん。もう帰ってくれ。」
俺は家の扉を閉めようとした。あの子は鬼殺隊。最前線で戦う柱。わかってるつもりやった。
でも、あの子はそんなこととうに覚悟して、刀を握っていたんや。
わかってへんのは、俺だけやった。
「帰らない。あんたが受け取るまで。ここにいる。」
「……は?」
「言ったろ。霧雨さんの遺言なんだよ。」
「……好きにせい。」
俺は本当に扉を閉めた。
午後からは雨が降った。屋根がバシバシと嫌な音をたてるほど強くなったので、外に置いた洗濯用の桶を家の中に入れようと外に出た。
扉を開けると、ずぶ濡れの不死川がいた。
「あ…あんた、ほんまにおったんか」
「帰らねえ」
玄関横にしゃがみこんで、刀をぎゅっと抱えて、雨を避けることもせずそこにいた。
「………なあ、あんた、キリキリちゃんのこと嫌ってたんやろ。」
俺は正直イラついていた。
死んだとたん、周囲の人間は手のひらを返すんか。あの子に、したことを、なかったことにして。
悪いことをあの子はした。俺も手放しにはあの子が悪くないとは言えへん。
けど、何も知らずに悪口を言うんは間違ってる。第一、あの子の噂は根も葉もないことばかりや。