第53章 落下
私の家の前につくというところで、私達はばったりと実弥に出くわした。
「ナイス」
小さな桜くんの呟きを私は見逃さなかった。
嘘だろ。
「あ?なんだその変な格好…。」
ジャージとセーラー服の異色のコラボに実弥が眉を潜める。
「川に飛び込んだんだよ。」
「…は?」
「ちょ、桜くん、その言い方は誤解を生むよ…!!!」
私は慌てて事の経緯を説明したが、実弥の額には血管が浮かんだ。
「アホかあテメエは!!!マフラーのせいで死んだらどうするつもりなんだよっ!?」
「ひいい、すみませんでしたっ!!」
「ちょっと、僕にしがみつかないでよ。水につかってるから霧雨さん冷たいんだよ。」
その言葉が何よりも冷たいと思うんだよ桜くん…。
私は冷静になって桜くんから手を離した。
「…はぁ、悪かったな桜ァ。馬鹿が迷惑かけた。」
「別に。………ただ氷雨サンが恐ろしかっただけだし。」
後半部分は声が小さかった。年上にも辛辣で…言ってしまえば生意気な桜くんだが、氷雨くんの言うことだけはきちんと聞いていたっけ。
氷雨くんは皆の扱いが上手だった。個性的な人達をよくまとめていたと思う。
「ところで、実弥くんはこれからお出かけ?もしよかったら霧雨さん連れ帰ってくれない?……本当は家の前まで送れって言われてたけど、僕もそろそろ帰りたいし。」
そして、本当に未来をよく読む人だなと思う。
「別にいいぜェ。ちょっと走ろうと思っただけだ。」
「こんな時間に?霧雨さんの家の電気が待てど暮らせどつかないから、心配して出てきたんじゃないの~?」
「ちげえよっ!!!」
実弥からは嘘の気配がした。
これでもかっていうくらいはっきりと。
「あっはは、過保護は嫌われるよ~。ていうか嫌われろっ。そして泣きわめけ~。」
「おいあのクソガキ殴っていいか…!!」
「桜くんは煽るのが好きなだけだから!!まだ私たちより小さい子なんだよ!?我慢して!?」
私はひっしに実弥をなだめ、帰っていく桜くんの背中を見送った。彼は一度だけ振り返って、
「ばいばい、またね」
と言った。桜くんからはそう言えることが嬉しくてたまらない…そんな気配がした。